「おじさん」
「うおっ?!びっくりした、なんだよバニー」
「何だよじゃありません。あなた、今日も書類提出しませんでしたね?」
「………なんでそんな事バニーちゃんが知ってんのよ」
「あなたが提出しないと仕事が滞りますから、チェックしています」
「怖っ!この子怖いよ、アントニオ!!」
「俺を巻き込むっ」
「はは、まあまあ、バーナビーくん。ワイルドくんなら大丈夫。そして大丈夫だ!」
「………残念ながら、大丈夫じゃないんですよ、スカイハイさん」
「?そんな事はない。ワイルドくんは事務仕事も得意だろう?」
「は?」
「あら、知らないの?この子、前の会社はね、初めは事務要員だったのよ。そこでヒーローを探しているっていうんで、担当者に直談判したらしいもの」
「………ファイヤーエンブレム、それ、オーナー情報だろ。勝手にばらすなよ」
「バラしちゃいけない範囲くらい心得ているわよ?」
「まあいいけどな。って事で、まあ、提出日は守るからそうカリカリすんなって」
「あなた…確か書類仕事は嫌いだって言っていませんでしたか?」
「嫌いと苦手は別物なのよ、ハンサム」
「………………」
「それに、そんな事言い出したらこいつの経歴は面倒臭いしな」
「ういるせぇよ!」
「………?どういう事ですか、ロックバイソンさん」
「私も知りたい。知りたい私も!」
「楽しそうじゃない、言いだしたんだもの、説明するわよねぇ」
「ア〜ン〜ト〜ニ〜オ〜!!」
「………すまん虎徹」
「あら、トップシークレットとでも言うおつもり?」
「そう言うんじゃねぇけど、照れくさいだろ、こういうのは!」
「そんな事はない。ぜひ教えてほしい」
「………ったく、あーもー、アントニオ、今度奢れよっ!」
「だから、結構あっちこっち行ってんだよ、俺」
「職と転々と、という意味ですか?」
「意外だ。実に意外だ。君はヒーローを10年勤めているのに!」
「意外とやる事はやるし、あんた人当たりもいいから、あたしなんかは雇い易い人間に見えるけど。なぁに、職場にあわなかったの?」
「そうじゃなくて。まあ随分昔に遡るけどよ」
「まず、俺の実家は田舎だ。から、普通に学校卒業するだけじゃ、なかなか職につけねぇんだよ」
「俺も初めは大変だったしな。まあ配送業やってたが」
「お前はがたい良いし、入り込み易いけどよ、俺は見かけが細っこくて論外だったんだよっ」
「………まあ、長距離ともなれば体力いるものね」
「免許取り立てだったしな。そりゃ雇うのも躊躇うだろうけど、こいつは一発でOKだから腹立つよな〜」
「で?あんたはどうした訳?」
「学校行った」
「は?」
「学校……大学かい?」
「大学っつーか、専門学校の、夜間学部?……………保育科の」
「…………おじさん、すみません、少し聞こえなかったんですが、なんて言いましたか?」
「…………………………」
「え、なに、じゃああんた、保育士の免許持っているの?!」
「ついでに幼稚園教諭2種も持ってるぞ、こいつ」
「驚いた!そしてびっくりした!!ワイルドくんは先生だったのか!」
「いや、まあ、やっていたけどよぉ。それも学生だった間だけだぜ?」
「??矛盾していませんか、それ」
「いや、だからな、夜間学校だから昼間暇だろ?で、学費だっているし、働く訳だ。学校から幼稚園斡旋してもらって」
「普通にガキどもに混ざっていてな、保護者には先生って言うよりお兄ちゃん認識されていたな、アレは」
「おかげで優しかったけどな、親御さん達。今じゃ考えられねぇよ、MPとかいなかったし」
「じゃあ、卒業後、事務員に?」
「いや?」
「…………まだあるんですか?」
「実は、そのあともう一年、編入したんだよな、短大に」
「短大?どうせなら大学に行って学位とれば有利なのに、なんで?」
「別に肩書き欲しかった訳じゃねぇよ。保育科じゃ、障害児教育とかはほとんど時間なくて教われなかったから、そっち関係知りたくて、福祉専攻に一年通った」
「障害児!では君はそちらに行くつもりだったのかい?」
「ん〜、まあそれだけじゃなくて、NEXTの話も一緒くたでされるだろ?そっちも知りたかったし、おふくろの面倒見る事考えると、多少知ってて損はねぇかなって」
「あんた意外と孝行息子なのね〜」
「別に、普通だろ、それくらい」
「じゃあ、そこを卒業して………」
「病院で介護福祉士やってたぞ。リハビリ強化病棟で、日常生活の補佐って奴だな」
「……………一体あなたは何をしているんですか」
「介護って、でも大変じゃないの。食事介助やらお風呂介助やら………排泄介助も、当然やるわよね?」
「仕事だし、気にならねぇよ。でもまあ、俺より、相手だな、気にするのは。同じ男はいいけど、女性の患者はなぁ。どんなに年齢いっていても、やっぱ風呂やトイレの介助は嫌がるだろ」
「当然じゃない。女はいくつになっても女なのよ!」
「まあそれ言うと、男もいくつになっても男だったけどな」
「?どういう事だい?」
「…………脳外のリハ科でな、俺のいた場所」
「……………なるほど」
「???どういう事だい、二人とも」
「まあつまり、あれだな」
「そうね」
「????みんな何故納得しているんだい?」
「だーかーら、脳に損傷があると、色々抑制利かないケースがあるんだよ」
「?」
「……………ぶっちゃけ、普通にセクハラ横行するっての。悪気ないけどな、相手に」
「セク…………っ?!」
「病院生活ではストレスも溜まりますし、そちらに流れても不思議はないですね」
「でもそういう奴は本当に一部で、大体の患者は凄いいい人ばっかだったけどな」
「だ、大丈夫だったのかい、ワイルドくん?!」
「へ?俺?!」
「スカイハイさん……おじさん相手にそんな真似する人は……」
「平気平気、普通に躱してたし。流石にキスされかけた時は殴りそうになったけどな」
「…………………おじさん?」
「ワイルドくん?!」
「え、なに?だから平気だったって。大体、男の俺より女性職員の方が大変だったし……」
「どうしてそうあなたは危機感無いんですかっ!もう少し警戒して下さい!!」
「もう大丈夫、大丈夫だワイルドくん!今度何かあっても私がすぐに駆けつけるよ。遠慮せずに呼び出してくれっ」
「え〜っと………とりあえず、落ち着けお前ら。なあアントニオ、なんでこうなったんだ?」
「俺に言うな」
「あんたの鈍さはいっそ感心するわ」
「とりあえず、二人ともそろそろ離れよう。流石に二人に抱きつかれてると暑い」
「なら、約束してくれるかい?」
「へ?」
「今度そんな真似する輩がいたら、生まれた事を後悔させてあげないといけませんからね」
「おい?」
『何かあったら、必ず連絡すること。約束だよ!(ですよ!!)』
「???まあいいけど?(なんかあっても俺自身がヒーローだって忘れてねぇか、こいつら……)」
「………あいつらはあいつらで危なくはないのか?」
「平気よ、タイガーに嫌われるくらいなら現状維持選ぶわ」
「…………………………」
「あんたも大変ね?」
「言うな。もうずっとこうだから慣れた……」
「それで、結局ワイルドくんは、幼稚園で働いたあと病院に行って、その後以前の会社に勤めたのかな?」
「いや?」
「…………まだあるんですか?!」
「まあ細かい事言っちまえば、専攻科行っていた間も学費かかるからカフェで働いていたし」
「…………………ギャルソン…」
「ハンサム、顔が残念な事になっているわよ」
「何の事ですか?」
「カフェスタイルか、とても似合いそうだね!」
「サンキュー♪これが結構性にあってな、そのあと働いたパン屋でも役に立ったぜ☆」
「なんでそこでパン屋が出てくるんですか?!」
「なんでもなにも。やっぱりヒーロー諦めたくねぇから、とりあえず次の奴ら育てたあと、退職してヒーロー界に参入しそうな会社の空きが出るのを狙ってたんだよ」
「あら、じゃあその間に、パン屋?」
「そういうこと。そこがカフェも併設してたからさ、結構役立ったぜ、カフェでの経験」
「パン……パン屋ですか………」
「?どうしたんだい、バーナビーくん??」
「ハンサム、鬱入ってるわよ、ちょっと?」
「ほっとけほっとけ、そいつ今パン屋にトラウマあるんだよ」
「どういう事?」
「……なんでも、この間雑誌で能力名を誤植されたらしい」
「誤植?なんて?」
「5ミニッツハンドブレッドパワー♪」
「………ブレッド?」
「パワーって……それは確かにトラウマになるわねぇ」
「そうそう。安心しろよ、バニーちゃん。たとえパン職人になっても相棒になれるぜ?」
「………ええ、安心して相棒にして差し上げます。この先一生、ね」
「ありゃ、素直〜☆いっつもそうならいいのにな、バニーちゃん」
「相変わらず凄いスルースキルね、あの子は」
「………聞くな気付くな。面倒事が増えるだろうが」
「しかし、5分でパンが焼けるとは、それはそれで凄い能力だね!」
「……………どうしてあの子はこう天然なのかしら」
「いうな、あれはもうあいつの一部だ。取り上げられん」
「残念だが、スカイハイ。5分でパンは焼けない!」
「うん?そうなのかい?」
「精々パン捏ねて成型するの程度だろ、ハンドレッドパワーで出来ても。発酵や焼く時間まで操作出来たらそりゃ時間操作の能力だっつーの」
「……随分否定的ですね、おじさん」
「否定って言うかだな。あのパン屋のオーナー見てたら言いたくなる。朝5時から働いて、帰るの夜の9時だぞ?しかもそれは仕込みが上手くいった、翌日が客数少ない見込みの日だ。悪けりゃ更に加算だ」
「それは、既に労働基準という話ですらなくなるね」
「それに、業務用オーブンは熱いんだ。俺と同じくらいの背丈のバカでかい奴が、ずっと200度前後で稼働してんだぞ。夏場は地獄だっての。クーラーなんて利きゃしねぇしな」
「それは体力がいるね、とても必要だ」
「パティシエや料理人もそうだが、経験積み重ねる職人って言うのは8時間労働なんてかわいい事いっていたら作れねぇの」
「それにしてもまあ、それでよく働けましたね、そのオーナーの方も」
「本当にな〜。おかげで俺、そういう熱中型見かけると生活まともに出来ているか心配で仕方ねぇの」
「ああ、それでか」
「?どうしたんだい、バイソンくん」
「いや、気にするな」
「そんな訳でバニーちゃん。今日の朝飯、ちゃんと食った?目の下のクマ、濃くなってるけど?」
「…………あなたに私生活まで指摘される覚えはありません」
「気になるものはなるんだっての。食ってないならこの後ランチみんなで食いにいこうぜ。いいだろ、お前らも」
「構わない!そして行きたい!」
「なら、あの新しいイタリアンに行かない?美味しいって評判よ♪」
「もう少しすれば他の奴らも来るだろうし、全員で繰り出すか」
「そうね。じゃあ店に電話しておくわ。流石に予約しないと人数多いものね」
「ちょ、なんで決定の流れに……!」
「諦めろ諦めろ、バニーちゃん♪」
「おじさんが余計な事言うからでしょう?!」
「仕方ねぇじゃん。気になるんだもん」
「いい歳したおじさんがもんとか言わないで下さい!」
「差別だ!いいじゃねぇか、しゃべり方なんて何だって!」
「いいと思うよ、私も。可愛いじゃないか」
「…………スカイハイ、悪気がないのは解るが、それは凹む、結構………」
「??どうしてだい?とても可愛いと思うよ、とても」
「スカイハイさん、どさくさに紛れて手を握らないで下さい!」
「なんとなく、なんだけどね?」
「……なんだ」
「あの子の今までの職業って、必要だったんじゃないかしら」
「?どういう事だ?」
「あら、見ていて思わない?」
「……………まあ、そうだな」
「ほんと、手のかかる子供達に、日常生活の世話まで必要な相棒。当然必要な体力に、当たり障りなく全員を繋げる接客スキルと全体を見渡す視野。………別に、必要があって選んだ訳じゃないんでしょうけど、上手い事スキルアップしているわね」
「ついでにもうひとつだな」
「あら。何か忘れたかしら?」
「事務仕事。………あいつの性格からして、経験なけりゃ、今頃バーナビーの雷が落ちていて手が付けられないだろうな」
「………本当に、上手い事全部の経験値踏んだわねぇ、あの子」
「結局、アレだ」
「なぁに?」
「人生の中に無駄な時間はねぇって言う、典型的で解り易い例だな、あいつは」
「あら、確かにそうね。ならきっと、今こうしてヒーローやっている事も、いつかもっと未来ではあの子にとって大切な経験値のひとつになるのね」
「まあまだまだそんな未来は先だろうがな」
「そうね、今はまだ、ずっと先の話。………さて、そろそろあのお馬鹿トリオを諌めて準備しちゃわないとね」
「そうだな、いくか」

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