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今日の分のトレーニングが終わり、夜のパトロールまで時間もあるので一息入れようと、スカイハイは休憩室に足を向けた。
ここは自分も含め、全てのヒーローが立ち入り身体を鍛えるトレーニングセンターだ。その為、一般人は立ち入り出来ないようになっている。
そんな施設内に、明るく響くいまだ幼い少女の声が谺していた。
それにスカイハイは目を瞬かせる。それは疾うに帰ったと思っていた声だった。
首を巡らせるまでもない。その声は休憩室に向かう途中で響いて聞こえたのだ。ならばきっと、自分の目的地から発せられている筈だ。
思い向かった先、確かに思った通りの姿が見えて、スカイハイは笑みを浮かべた。
が、どうにもその様子がいただけない。
「だから、違うんだよ!」
「でも、これ、だろ………?」
スカイハイの視線の先には、頬を膨らませてアイスを食べているドラゴンキッドと、その隣で文句を受け止めながらもささやかな自己主張をしている折紙がいる。
むくれたように頬を膨らませているドラゴンキッドの声が不満に染まっていて、少々折紙は持て余し気味だ。………はっきりと物事を口に出来るドラゴンキッドとは逆に、折紙はどちらかというと謹み深く引っ込み思案だ。
それでも年齢が近いせいか、あるいは逆だからこそうまが合うのか、年少コンビはよくこんな他愛ない時間を一緒に過ごしている。
大きく口を開けて、少女が含むには大きすぎる一匙を躊躇いもなく口にしながら、ドラゴンキッドはやはりどこかご立腹のようだ。
スカイハイがどうしようかと考えて眺めていると、困ったように眉を垂らした折紙を見上げ、ドラゴンキッドはスプーンを銜えたまま、ずいっと勢いよくアイスを彼の眼前に差し出した。
「そうなんだけで、でも」
「喧嘩はよくない。そしてよくないよ。一体どうしたんだい?」
このままでは怒鳴り合ってしまうだろうか。そう考えてるといても立ってもいられず、スカイハイはそっと角から顔を出し、にこやかに窘めの声をかけた。
みんなヒーローとしてライバルではあるが、それ以上に同じ街を守り戦う仲間だ。出来る事なら仲良く笑顔で過ごしたいと思うのは当然だろう。
特に、この二人のように年若いヒーローは、いつだって屈託なく笑っていてほしいものだ。
そんな身勝手な願いを思いながら口を挟んでみれば、視界の先の二人はパチリと瞬かせた眼差しを交わし合い、可愛らしく吹き出して笑いながら首を振った。
「違うよ、スカイハイ!喧嘩じゃないよ。ねっ」
軽やかに弾む声で快活に答えたドラゴンキッドの仕草に同調するように、折紙も小さく笑ったまま頷いた。
そうして不思議そうに首を傾げたスカイハイに、折紙が先程突きつけられたドラゴンキッドのカップアイスを指差して示した。
「はい、あの、アイスが………」
ささやかなその声に、けれど茶々を入れるでもなくスカイハイは指先を追って目的のものを視界に納める。
………アイスだ。間違いようもないその解答に自身で頷きながら、スカイハイは二人の傍にまで歩み寄った。
「アイス?そのバニラかい?美味しそうだ」
「うん、美味しいよ。でも違うんだ。なんでかなぁ」
自分達の前に立って見下ろすスカイハイにもよく見えるように、手のひらの上で掲げ持ったドラゴンキッドが、スプーンで溶けた部分をいじりながら困ったように眉を顰めて言った。
アイスは美味しかった。それは嘘ではない。けれど、でも、違うのだ。前に食べた時、このアイスはこんな味ではなかった。
「違う?」
その言葉と表情に、スカイハイも目を瞬かせて問いかけた。
なんと答えればいいだろう。悩みながらドラゴンキッドはアイスを膝に乗せて腕を組んだ。
その姿はもう先程から何度も見ているのか、折紙は苦笑してスカイハイを見上げ、ドラゴンキッドに助け舟を差し出すように告げた。
「なんか、味が前とは違うって。さっきからずっと悩んでいるんです」
「味が?リニューアルかい?」
「何も書いてないよ。それに、前の方が美味しかった!」
むうっと頬を膨らませたドラゴンキッドが、びしっと指を突きつけて宣言する。と、驚いたように目を丸めたスカイハイは、その行儀の悪さを指摘はせずに柔らかく笑んで、とても興味深そうにその話に乗っかった。
「それは気になるね。一体どこで食べたんだい?」
美味しいものを食べるのはこの子にとってとても嬉しい事だ。そして嬉しい事があれば誰だって笑顔になる。それを咲かせられるかと思って問いかければ、困ったように首を傾げた折紙が人差し指を床に向けた。
「ここ、らしいです」
「ここ?」
おうむ返しに聞けば、二人は頷いた。ならば、休憩室か、あるいはトレーニングセンターという事になる。
「そうなんだ。家で食べたけどなんか味がちがくて、なら前と同じ場所って思ったんだけど」
しっかりと頷きながら、ドラゴンキッドは溶け始めてしまったアイスを口に含みながらそう言った。やはり味が違うのか、美味しいと言っていた割りに、その眉は顰められたままだ。
一体どういう事なのだろう。スカイハイも不思議そうに首を傾げた。
「やはり味が違うのかい?」
「うん。なんでかなぁ」
「困ったね。実に困った」
沈痛な面持ちで二人が呟き合えば、それに引き摺られて折紙も俯いてしまう。
そうして、はぁ……と耳慣れたいつもの溜め息を落としながら、ぼやくように小さく零した。
「僕も気になっちゃって、朝からずっと悩んでます」
「朝からって、あんた達、ずっとアイス食べてたの?」
同時に返された聞こえる筈のないその返事に、折紙は文字通り飛び跳ねた。多分、ベンチから数cmは浮いた筈だ。
そんな事を冷静に見つめながら、いい反応を返してくれた子供達を見下ろしたのは、ファイヤーエンブレムだ。
「うわっ、ファイヤーエンブレムっ?!びっくりしたぁ!」
「やあファイヤーくん。今日はいい天気だね。実にアイス日和だ」
「こ、こんにちは、ファイヤーエンブレムさん」
次々と答えてくれる三人ににっこりと笑みを浮かべたあと、ファイヤーエンブレムは驚いても落とす事のなかったドラゴンキッドの手の中のアイスを指差した。
「はいはい、こんにちは。それよりあんた達、そんなカロリー高いもんばくばく食べちゃダメじゃない。お腹も冷えるわよ」
「まだひとつ目だもん」
窘めるその声にバツの悪い顔を晒しながらも、ドラゴンキッドが小さく反論した。ドラゴンキッドとて、格闘家の端くれだ。食生活が如何に身体に影響を及ぼすか、耳にタコが出来る程教え込まれている。
それでも甘いものだって食べたいし、ちょっとくらいは大目に見てほしい。こちらは成長期で食べ盛りなのだ。
そんな訴えがよく出ている顔に笑いかけながら、けれどはてと不思議そうにスカイハイは首を傾げた。
「おや、いま朝からと……」
「その残りだよ。時間違うからかなって待ってたんだ♪………変わらなかったけど」
「それは残念だね。残念だ、とても」
ぱっと輝いた笑顔が、すぐにしゅんっと俯いてしまい、スカイハイも寂しそうに眉を垂らしてしまう。KOHと言われてはいるけれど、どこかスカイハイはドラゴンキッド達年少者と同じ素直さがあって、コロコロと変わる表情は気持ちにとても素直だった。
そんな事を微笑ましそうに見つめて思っていると、足下に影が出来る。その輪郭を見つめて、ファイヤーエンブレムは微笑んで振り返った。
「で、一体何が違うんだ?」
軽く会釈で挨拶を交わすファイヤーエンブレムとは違い、ドラゴンキッドは俯いていた顔を持ち上げると驚いたように目を丸めて突然そこに現れたロックバイソンを見つめた。
「あれ、ロックバイソン、いたの?」
素直なその言葉に、ロックバイソンは苦笑する。隣に座る折紙は少しハラハラとしながらそれを見守っていた。
「来てみたら全員寄り集まってんだ。何事かと思ったぞ」
が、心配などするまでもなく、ロックバイソンは何事もなかったかのように笑って話に加わってくれた。先達者達はみんな、歳若い自分達に優しくてそれがひどくくすぐったくて嬉しかった。
「あの、アイスがおかしいそうです、なんか」
「おかしい?なんだ、不良品か?」
折紙のかいつまんだその説明に、ロックバイソンの雄々しい眉が顰められる。流石に変なものを食べて食中毒など、笑えない。
そんな予測に気付いたのか、ドラゴンキッドが慌てて首を振った。
「違うよ。あのね、前に今くらいの時間にさ、タイガーがこっそりアイス食べてたんだ」
そうして、つい内緒と約束した事を口走ってしまって、ドラゴンキッドはしまったと口を手で覆った。
怒られるだろうか。そう思って見遣った大人達は、目を丸めた後、すぐに破顔した。
「ワイルド君が?」
「あの子は相変わらずね」
「てかこっそりって、子供かあいつは………」
苦笑して交わされる言葉は、窘めながらもどこか虎徹のそんなところを受け入れて響いた。それに気付き、ほっとドラゴンキッドは息を吐く。
それに気付いたのか、ファイヤーエンブレムがくしゃりと頭を撫でてくれた。どうやら先程からどうしても要領を得ない説明になってしまっていた理由に気づいてくれたらしい。
「ははっ!だからね、内緒にする代わりに僕も食べさせてもらったんだ」
照れ隠しに笑いながら、もう隠す意味もないとドラゴンキッドが白状すると、スカイハイが大分溶けてしまったアイスを指差した。
「カップアイスを?」
こっくりと満足そうに頷いたドラゴンキッドの持つアイスは、確認した通り、カップアイスだ。分けて食べるにはどうしたってスプーンがいるだろう。
が、普通、ひとつのアイスにはひとつのスプーンしか付かない。そしてここはあくまでトレーニングルームに隣接した場所であり、その給湯室にも各自が用意しない限り、食器など存在しない。
そう考えて、ロックバイソンが顔を顰めた。長年虎徹の親友をやってきた彼には、嫌な予感しかしない。
「………しかし、これは…スプーンは一体………?」
「だから、食べさせてくれたよ、タイガー」
躊躇いながらの問いかけに、年頃の娘はあっさりと笑顔で答えてくれた。
「………あいつ、癖にしてもそれはどうなんだ」
それに頭痛を感じながら、ロックバイソンは頭を抱えて呟いてしまう。
クスクスとそんなロックバイソンを横目に笑いながら、ファイヤーエンブレムはしなるようにロックバイソンの逞しいの肩に手を置いて楽しそうに慰めの言葉を贈る。
「まあいいじゃない。嫌がってないし」
………何も慰めになっていないと思いながら、ロックバイソンは小さく溜め息を吐いて頷いた。
そんな二人を尻目に、スカイハイとドラゴンキッドはアイスの謎について会話を進めていた。
「ではキッドくんは、その時ワイルドくんに食べさせてもらったアイスを、いま食べているのかな?」
「うん。でもね、味が違うよ。タイガーのアイスの方がずっと美味しいんだ」
唇を尖らせてがっかりしたようにドラゴンキッドが返す。………美味しかった。だからちゃんとアイスの名前もメーカーも覚えておいた。
そして店で見かけた時、これが欲しいと買ったのだ。そうして家で食べたら……何故かそのアイスは、いつも食べるアイスと大差ない、普通のバニラアイスだった。
でも、あの時食べたアイスは美味しかったのだ。虎徹が食べる分まで奪いたくなるくらい。
同じアイスなのに味が全然違う。その謎が解明出来ず、ドラゴンキッドとスカイハイは同じような顔をして腕を組みながら、眉間にシワを寄せていた。
そんな鏡のように同じ顔の二人に微笑みながら、ファイヤーエンブレムは頬に手を置き、何もかも解っているような声で頷いた。
「そりゃそうでしょうね〜」
「えっ?!」
そうして呟いたその言葉に、弾かれるようにスカイハイとドラゴンキッドの視線が集まる。………その隣、ファイヤーエンブレムからは見切れ気味に、折紙の視線も素早くその声を追っていた。
「何か秘密を知っているでごさ…じゃない、知っているんですか?」
慌てた折紙がついヒーローとしての言葉遣いを落としながらまくしたててしまう。この子がこんなに必死になるのも珍しいと目を瞬かせながらも、ファイヤーエンブレムは首を傾げながら勿体振ってみせた。
「秘密って程のもんじゃないけどね」
本当にそれは秘密でもなんでもない、とてもよく解り易く、珍しくもない現象だ。
けれどこの子達にとっては、とても神秘的で不思議な事実らしい。そう思ったなら、どうにも虎徹の存在自体が不思議な気がして、ファイヤーエンブレムは胸中で苦笑した。
「なになに、教えてよファイヤーエンブレム!!」
微笑むばかりで言葉を続けないファイヤーエンブレムに焦れたのか、ドラゴンキッドが両手を拳にして真剣な顔で見上げて訴えてくる。
「そうね、じゃあドラゴンキッド、今度タイガーを見つけたら、折紙ちゃんもつれてアイス、たかっちゃいなさい」
言葉で説明してもきっと解らない。これはそういった類いだ。
だからファイヤーエンブレムは、同じ状況で同じように、また一緒にアイスを食べてみればいいと教えた。出来るなら、それは人数を増やして、みんなで。
その言葉に折紙は目を丸めた。美味しいアイスを買いに行くのではなく、一緒に連れ立って、そうして虎徹のアイスを貰えとは、少々解答としては珍妙だ。
「??拙者、も………?」
首を傾げながらもオドオドとした声で問う折紙は、多分ひとりではそんな事は出来ないだろう。何かきっかけがなくては、なかなか人に意見を差し出せない子だ。
それでも随分虎徹には自分から近付き声を掛けている。それが彼にとっていい傾向ならば、もう少しそれを後押ししてもいい筈だ。
にっこりと笑ったファイヤーエンブレムは、ピッと人差し指を立てて自信満々にウインクを贈った。
「あんたも。そうしたら、きっとタイガーのアイスは極上品になるわよ?」
「それって美味しいって事だよね?よし、今度タイガー見つけたら捕まえるよ、イワンっ」
やっと謎が解ける上、美味しいアイスが食べられる。そう思ったらいても立ってもいられなくなったのか、手の中の溶けたカップアイスを一気に啜って食べ終えたドラゴンキッドは、がばっと立ち上がると隣に座る折紙の腕を捕まえた。
「えっ、ちょ、パオリンっ!」
突然の行動についていけなかった折紙が転びそうになりながら必死に名前を呼んだ。が、ドラゴンキッドは気にしないでそのまま楽しそうに先を歩いていく。
確か冷凍庫に、まだ虎徹のアイスはあった。ワイルドタイガーの名前と、へたくそだけど可愛い似顔絵まで描かれたカップアイス。
あとは虎徹さえいれば完璧だ。今日はいつ来るだろう。まだこないかな。そんな期待を込めて目を輝かせ、ドラゴンキッドはファイヤーエンブレムの言いつけ通り、折紙を伴って虎徹を探した。
その微笑ましい姿を見送りながら、ロックバイソンはちらりと隣のファイヤーエンブレムを見遣って、低く問いかける。
「………焚き付けたな?」
今日はタイガー&バーナビーは取材日だ。残念ながら探しても待ってもここには来ない。それでもきっとあの子達はギリギリまで粘って駆け回り探すだろう。………丁度、食べ終えたアイスの分のカロリー消費が出来るくらいに。
そう暗に告げるロックバイソンにフフ…と楽し気に笑ったファイヤーエンブレムは、可愛らしい子供達の背中を眺めながら悪びれもせずに答えた。
「あら、いいじゃない。タイガーだってあんな可愛いのになつかれたら悪い気しないでしょ」
「………ファイヤーくん、そんなにワイルドくんのアイスは美味しいのかい?」
同じようにドラゴンキッドと折紙を眺めていたスカイハイが、ふと振り返ると神妙な声でファイヤーエンブレムに問いかけた。
その顔は二人を追いかけたくてたまらない、けれど待てを言い渡されて動けない飼い犬のように寂し気だ。
「え?って、スカイハイ?ちょっとあんたまでどうしたの」
想定外のスカイハイの反応に、ファイヤーエンブレムは珍しく目を丸めて驚きの声を零している。………隣のロックバイソンは能力を発動していないにもかかわらず、既に岩と化していた。
「私も、食べてみたいのだが、やはり大人では駄目だろうか………」
美味しいアイスクリーム。ドラゴンキッドはひどく幸せそうにそれがいいと言っていた。きっと甘くて美味しくて幸せな味がするのだろう。
そこには虎徹もいて、一緒にその時間を過ごせて、きっと彼も笑っているのだ。
素敵だ。とても素敵な事だ。………けれど先程ファイヤーエンブレムは、ドラゴンキッドと折紙を名指ししていた。そこに自分は含まれていない。
それでは二人よりも随分年齢が上の自分は、そこには混じれないのかもしれない。そう考え至り、しゅんとしたスカイハイは項垂れて肩を落としてしまう。
手にとるようにそんな考えが読み取れて、ファイヤーエンブレムは軽く息を落とした。
「……いいえ、あんたなら平気。いけるわ、きっと」
「ファイヤーエンブレム?!」
溜め息のように告げたファイヤーエンブレムの言葉に、戒めを与えるとばかり思っていたロックバイソンの驚きの声が重なった。
その響きには気付かなかったのか、あるいは聞こえていなかったのか、スカイハイは落ち込むように項垂れていた顔を輝かせた。
「そうかい?ワイルドくんは嫌がらないだろうか」
「平気よ。ただし、あの子達の後よ?」
「それは勿論!勿論それは!」
窘めるように注意したファイヤーエンブレムの言葉に、大きくスカイハイは頷いた。虎徹と一緒なのは嬉しいが、同じように子供達が笑う事もとても嬉しいのだ。
ただ、そこに自分も一緒にいたい。彼の隣で自分もそんな子供達を見つめていたい。
「子供の分まで欲しがらないよ。でも、一緒だと嬉しい。とても嬉しい!」
決して彼らの分まで奪ったりはしないと誓うように笑顔で告げたスカイハイは、その日がいつ来るだろうかとドラゴンキッドと同じく目を輝かせていた。
それを見つめ、ファイヤーエンブレムとロックバイソンは顔を合わせて、片方はにっこりと笑い、片方は深く長い溜め息を落とした。
そんな二人を背中に、スカイハイははしゃいで駆け回っているドラゴンキッドと、それに引き摺られながらも付き合っている折紙を見つめた。
「ワイルドくんと一緒でキッドくんや折紙くんとも一緒なら、とても嬉しいし、楽しいだろう!」
輝くようなその好青年の笑みを残し、スカイハイは上機嫌でトレーニングルームへとまた舞い戻っていく。あと少し、まだ夜のパトロールまで時間がある。
今日は来ないだろう虎徹が、もしも来たなら。そう考えて、滲むように浮かぶとろける幸せな笑みを、ファイヤーエンブレムは呆気にとられたように眺めて、苦笑した。
そうしてこっそりと、隣にいるロックバイソンにしか聞こえない小声で話しかける。
「無自覚天然は凄いわねぇ」
あれだけこちらに思いをまき散らしておいて、あの様子では欠片程も気付いていない。気付いたら一体どうなるのだろうと思いながら、それはそれで可愛い姿が見られそうだと嬉し気に笑みを深めた。
それを苦々しそうに見遣りながら、既に諦めが入ったロックバイソンが、一応の釘さしも込めて窘める音を告げた。
「お前、わざとか……」
「あら、いいじゃない。スカイハイなら、あの子達と同じで可愛らしい子犬よ、きっと」
くすくすと確信犯の笑みで笑うファイヤーエンブレムを、ロックバイソンは睨んだ。
…………あの無自覚に人を引き寄せる親友に群がるのが可愛い子犬だけかどうか。そんな事を考えて痛む胃に、深々とロックバイソンは溜め息を落とした。
おまけ
※兎視点のお話のその後です。
「ワイルドくん!アイスだ。そしてアイスだ!!!」
突然の大声に目を瞬かせて、虎徹がスカイハイを見遣った。その手には先日みんなで分けて食べたカップアイスがちんまりと乗っている。
自分の手のひらでも小さく感じるが、西洋人のスカイハイの手のひらは更に大きく、カップは本当にこじんまりと申し訳なさそうにたたずんでいる。
それに虎徹は小さく苦笑してしまう。似合わないようでいて、それは彼の表情にはひどくよく似合っていた。
「珍しいなスカイハイ。お前がそんなん持ってるなんて」
「この間ワイルドくんが食べていたアイスが美味しかったからね。買ってみた。そして持ってきた!」
問うように返せば、にこにこと嬉しそうにスカイハイが答える。虎徹はつい先日の事を思い出してしまい、目に映るその姿に勝手に犬の耳と尻尾が付け加えられてしまった。
「気に入ってくれたんならよかったよ」
それに苦笑を浮かべ、つい撫でそうになる腕を押さえ込みながら答えた虎徹がスカイハイを通り越して進もうとすると、何故かスカイハイがそのままの体勢で付いてきた。
「………えっと、スカイハイ?なんでずっと俺の前歩いてんだ?後ろ歩き、大変じゃねぇか?」
「大変だね。でも君が歩くから頑張っているよ」
コテンと首を傾けて言うスカイハイには何の打算もない。きっとこのまま歩き続けたところで怒りもせずにやはりニコニコと追いかけてくるだろう。いや、追いかけるは正しくない。前に立ちはだかるだろうか。どちらにしても、何となくあわない気がした。
そそんなどうでもいい事を思いながら虎徹は足を止め、訝しそうに眉を顰めて首を軽く傾げた。
「…………?で、どうした?」
「よかった!ではこちらへ。そして座ってほしい」
「????」
ぱっと顔を明るく輝かせたスカイハイは、唐突にアイスを持っていない方の腕で虎徹の手首を掴むと、スタスタと歩いていく。座るというその言葉の通り、連れて行かれた先はベンチだった。
何事かと思いながらも素直に腰掛けて見上げれば、すぐに彼も隣に座ってアイスのふたを開けた。そうしてスプーンでアイスをひと匙すくう。
ひとりで食べるのが寂しかったのだろうか。………この男ならばあり得る事だと、買い足した自分のアイスが冷凍庫にある事を思い出しながら虎徹はスカイハイに声を掛けようとそちらを見遣った。
が、視界に映ったのは、満面の笑みのスカイハイの顔と、眼前に突きつけられているアイスの乗ったスプーンだった。
「……………………へ?」
「?ワイルドくん、早く口を開けないと」
スプーンに乗ったアイスはすぐに溶けてしまう。しかも木の匙だ。たいした時間もかからずに垂れて落ちる事は目に見えていて、言われた言葉に考える暇もなく、つい反射で虎徹は口に含んでしまう。
口の中に広がる、いつもと同じバニラアイスの味。それを味わいながら、ちらりと見遣ったスカイハイの顔に、虎徹はたった今彼に言おうと思っていた、自分の分も持ってくるという言葉ごと、こくりとアイスを飲み込んでしまう。
ニコニコと嬉しそうなスカイハイは自身でも一口アイスを食べて、またすくったひと匙を持ち上げながら虎徹に笑いかける。
…………断るのが可哀想なくらい、とても嬉しそうで幸せそうな顔だ。
仕方なく虎徹は口を開け、年甲斐もなく人にアイスを食べさせてもらう。上機嫌のスカイハイの顔を眺めながら、自分もこんな風にドラゴンキッド達にアイスを分け与えていたのかと思うと、少し気恥ずかしくなった。
思い、俯きかけた顔に、スプーンを齧ったスカイハイがしみじみと頷き、笑った。
「おいしいね、ワイルドくん」
誰かと食べるアイスはとても美味しい。そしてそれが君なら尚の事、嬉しくて美味しい。そんな事を言いながら、また差し出されたスプーン。
パチリと目を瞬かせて、虎徹も笑った。仕方なさそうに、甘やかすように、………同じように嬉しいと、教えるように。
…………そうして口に含んだアイスは、安い既製品のアイスの癖に、極上の味がした。
「……………ねえ、なんかあの二人、すっかり二人の世界に入ってなぁい?」
「見えん。俺は何も見えん。聞こえん」
「ハンサムが取材でいない日でよかったわぁ。じゃなきゃちょっとした修羅場になるわね」
「お前がどっちもけしかけたからだろうっ」
「あら、違うわよ?」
「どこがだ」
「結局ね」
「みんなに愛されちゃってるタイガーが、一番の原因なのよ♪」