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途端、ぱっと輝いた少女の顔に、日差しが降り掛かり愛らしく琥珀の瞳が輝いた。とても素直な笑顔だった。
それに頷きながら笑いかけ、青年は立ち上がり、携帯電話を取り出しながら少女に答える。
「彼なら友達だ!よかった、役に立てそうだね」
短縮の中の名前を探している青年の右手を見つめながら、はっと気付いた楓が、慌てたように立ち上がり、青年の腕を掴んだ。………同時に、何かが自分の中に吸い込まれる錯覚を覚える。
これは、能力が発動した時に感じるものだ。………つまり、この青年はNEXTという事か。意外にこの街はNEXTが多いと思いながら、楓は青年を見上げた。
「なら、知りませんか、父…鏑木虎徹って言うんです!アントンさんとも仕事仲間で………」
どんな繋がりかは解らない。が、大人の知り合いなら、きっと友達か仕事の関係者だ。アントニオを友達というならば、あるいは父とも友達かもしれない。
そう考えて告げたその名に、青年は驚きに目を丸めた。
………それは、自分達が見つけ出すべき殺人犯の、名だ。まるでそんな事は知らないという素直な輝きの少女に糾弾する事は忍びなく、青年は困惑を口腔無いで飲み下し、眼差しを携帯から少女に映してじっとその瞳を見つめた。
嘘は、ないように思える。真っすぐな、ひたむきな眼差しは、どこかで何かをちりちりと焦がすように疼かせた。この琥珀色を知っている気がする。が、いくら考えても、そんな瞳の色の知り合いはいなかった。
同時に、あまり東洋系の友人がいない事を思い出し、そこに微かな疑念を抱く。………少女を見かけたとき、親しみを覚えて、声を掛けた筈なのに。
「彼と?その人が?それはない。あり得ない」
首を振り、青年はその違和感を遮断するように断言した。が、その頑さに内包される違和感は、楓の眉を寄せさせた。
名前ひとつでそんな風に言える筈がない。普通、友達の友達までは把握しない。それでもはっきりと青年は否定した。その理由が、楓には解らない。
「本当です!だって、お父さんたち、高校の時からの知り合いで、よく会ってるって!私だって会った事、あります!大きくてがっしりしていて……!」
頭から否定されていい筈がない。嘘でもなんでもなく、ましてや父が適当な事を言ったわけでもない。自分だって、会ったのだ。だからこそ、アントンなどという名で親しんでいる。
そう必死に告げる楓の声と言葉に、青年は驚いたように目を瞬かせた。意外…というよりは、何故その解答がそこに転がっているかが解らずに困っているようだった。
「どういう事だろう………?」
驚くその顔は、嘘には見えなかった。子供の洞察力と勘は、大人よりも余程鋭いのだ。楓は寄せた眉をいっそう色濃くして困惑に顔を染めた。
おそらく彼は父の名を知っている。知っていて、けれど知り合いではあり得ないと言いだした。………父は、少なくとも人に厭われるような人ではない。それくらい、身内贔屓ではなく生まれ育ったあの土地で生きていれば、十分解る事だ。
それなのに、この優しい青年は困惑するように首を振った。あり得ないとまで、言い切った。
知っている癖に、彼は父を知らない。そして、彼の知り合いであるアントニオは、父を知っているのに、知らないと断言した。
おかしい事、が増えてしまった。否、増えたのではなく症例が、増えた。それは…つまり同じ状態の人間が複数いる、という事だろうか。
………そうして、不意に思い当たる、点と点。
父は失踪した。その手がかりになりえた友人は、昔からの顔見知りなのに、知らないと言いだした。そして目の前の青年は、その友人とも顔見知りで、なおかつ父を知っているかもしれない人、だ。
彼らは大人で、おそらくは仕事によって繋がった関係性を持っている。自分達子供が学校によって繋がるように。
そうだというならば、アポロンメディアで出会った初老の男性とも、繋がりがあるのかも、しれない。
………………そうして、あの男性は、記憶を操作する、NEXTだ。
辿り着いてしまった点と点を結び線。この不可解な能力と、全ての人間に関われるであろう場所に同じようにいる男性。
疑う事が悪い事だと知っている。決めつける事だっていい事ではない。解っている。けれど、それを否定する為には、確認しなくてはどうしたって無視出来ない事だって、子供の自分も知っていた。
「もしかした、ら………」
気付いたその事実と可能性に愕然として凍り付いていた楓は、ぎゅっと目蓋を閉ざして震えそうな身体を押さえ込んだ。解らない、それが事実かどうかも、ただの自分の妄想で、不安からあの男性に押し付けようとしただけの、都合のいい仮説かも。
けれど、だから、それは………確かめればいい。検証が可能ならば、それだけが確かな根拠だ。
思い、いっそ悲壮な程の決死の覚悟で、楓は青年を見上げた。足下で眠る犬は、そんな人間達に緊迫した様子にちらりとだけ視線を向け、けれどすぐにそっと睫毛を落とした。
その犬の傍ら、膝をついたまま見つめてくる花浅葱は、優しく澄んでいる。それに、少しだけホッとした。………多分、大丈夫。能力を見せても、彼は叫んだり通報したりはしないだろう。
思い、楓は意識を集中し、震えそうな身体を必死に制御しながら、真新しいあの男性の能力を発動させた。
楓の琥珀の瞳が、青く輝く。肌の上を瞬くように青い燐光が包み、彼女が何らかの能力を使おうとしている事は傍目にも明らかだった。
それに、流石に青年も目を丸めて驚いた。隣にいるジョンは首を傾げるでもなく大きな欠伸をして、のっそりとその巨体を地面に横たわらせたままだ。それを視界の端に映し、青年は呼吸を整えるように浅く止まった呼気を肺の中一杯に吸い込んだ。
「………君は、NEXT……?」
青年は顰めた声で、けれど鋭く呟いた。
当然だ。どんな能力があるか解らないNEXTはいくら平等を謳おうと差別と偏見が色濃く残っている。それくらい、自分だって解っている。
だから、引き結んだ唇で泣き出したい衝動を飲み込み、じっと青年を見上げた。
戸惑いと躊躇いに揺れた青年の瞳に、小さな自分の手のひらが映る。手を取ってと、そう願うように差し出した、細くて小さな、華奢な子供の右腕。
「ごめんなさい、でも、もしかしたら、なんです。だから、手を……お願いっ!」
説明出来る事はなかった。可能性と可能性。そして想像と想像。ただそれだけだ。何一つ現実の証拠はない。
子供の浅はかな夢物語と、鼻で笑われればそれまでの、そんなちっぽけで軽薄な可能性。
それでも、青年は固く引き結んだ唇で小さく顎を引いて頷くと、その逞しい手のひらを、差し出した楓の手のひらに重ねてくれた。
信じると、そう教えてくれるようなその微笑みに、心の中で込み上げるものが楓の瞳を揺らした。
「………ありがとうございます」
しみじみと告げるような、そんな大人びた仕草で呟くと、楓は青年の手のひらをきゅっと握り締めた。
青い光が、青年の手のひらを包む楓の手のひらを通じて、彼の身すら仄光らせるようだった。
それは多分、実際には本当に短い一瞬だっただろう。事実、驚きに目を丸めている青年は、時間経過に疑問を持ってはいない。
が、実際に光とともに他人の記憶回路を巡り、その中にある異物ともいえる膜によって覆われ隠されたものを、傷つけぬように溶かして解放させた楓にとっては、肩で息をする程に負担のある行為だった。
よく解りもしない能力を行使したのだ。集中力も並々ならぬものが必要だった。
…………それでも、それだけの意味はあった。ぐったりと肩を上下させながら、楓は渾身の力を込めて笑んだ。
見つけた、父に繋がる道を。その可能性を。
ようやく、あやふやでも霞んでもいない、はっきりとした光を。
確かに青年の中に、隠蔽された記憶はあった。それは、父との思い出だ。細かいものまでは読み取れなかったけれど、その霞んだ朧なシルエットは、見間違えようもない、父のものだった。
点と点が、確かな証で繋がった。検証は、成功だ。これで仮説は仮説ではなく、事実に変わる。
疲労とともに感じた達成感と、掴みとった希望に霞んだ眼差しの先、青年は驚きに目を丸め、己の手のひらを見つめている。溢れ出た記憶に困惑しているようだった。
「………どうした事だっ!何で、私は彼の事を忘れて……?!」
「やっぱ、り………、なら、アントンさん、も、きっと……あのおじさんに、お父さんの、事、操作され、ちゃったんだ……っ」
驚きに目を丸めて唸る青年を、楓はベンチに座り込んで身を投げ出したまま、見上げた。
悔しかった。切なかった。遣る瀬無かった。………何があって父がこんな目に遭わされているかなんて知らないし解らない。けれど、何があったとしても、つい昨日までは笑い合った友人が突然他人になるなんて、そんな非道な罰を与えられるのはおかしい。
力の入らない手のひらを、それでも戦慄かせながら、握り締めた。早く、父に会いたかった。会って、その腕に抱きついて、思いきり泣いて喚いて、大好きなのだと、自分が幾度間違えて酷い事を言っても信じてもらえるように、沢山伝えたかった。
こんな風に、突然の別れなんて、二度と味わいたくはない。だから、無茶でも無理でも何でもする。そうして必ず最後に笑って父の手を取って、馬鹿みたいに二人、泣いて抱き締め合ってみせる。
そう思い定め、楓はなんとか深呼吸を繰り返しながら呼気を整える事に専念した。
「君は、一体どういう能力を?」
肩で息をしながらゆっくりと呼吸を整える少女に、青年は未だ驚きと興奮のさめやらぬ顔で問いかけた。
それに頷くように顔を持ち上げて、にこりと、気力で楓は笑いかける。
「私は、コピー。ただし、NEXT能力だけの」
大きく息を吸って、吐く。大丈夫、これなら、話せる。この人はアントンの知り合いで、父の知り合いでもある。ならば、ようやく見つけた、手がかりだ。
ひたと青年を見据え、楓はたった今の能力の意味を、彼に告げた。
「さっき、お父さんの会社のおじさんから、この能力をスキャンしちゃったんです。自動になるから、あなたの能力も持ってますよ、多分」
そしてそれはそのまま、この記憶隠蔽に意図がある事を示している。子供の自分が考えられる事には限度がある。知識も足りないが、それ以上に大人の事情というものが解らない。
だから、情報を提示した。手を取ってくれた青年に、同じようにこの言葉を受け入れ、父への手がかりを示してほしかった。
そうして見つめたそのひたむきな眼差しに、青年はきょとんと驚いたように目を丸めた。……こんな顔をすると、ずっと年上の人なのに、ひどく子供のように見えた。
「……驚いた。私がNEXTなのもお見通しかい」
「そうでなければこんな真似、出来ません」
苦笑し、楓は肩を竦めた。………NEXTは、そうだというだけで肩身の狭い思いをする事が多い。ましてや、見ず知らずの人間に能力を見せるなど、どんな裏切りに出会うか解らない賭けにも似ている。
それを知ってしまっている青年は、微かに眉を垂らして苦しそうに息を吐いたあと、睫毛を落として小さく頷いた。
「……そうだね。よし、色々やらなくてはならない事があるようだ」
そうして、落とした睫毛を持ち上げると、青年は楓の背中に見える、遥かに聳えるアポロンメディアの社屋を見据えるように、見つめた。
その姿を見上げながら、戸惑うように楓が首を傾ければ、青年はにこりと笑い、頭を撫でてくれる。NEXTである事、その能力も教えたのに、その手のひらに躊躇いはなかった。それが、純粋に嬉しかった。
「時に、君の名前はなんというのだろう」
その笑顔が優しく問いかける言葉に、今更自分が名乗ってもいないのに色々と質問を押し付けて相談に乗ってもらっていた事に気付き、楓は真っ赤になって慌てた。
「あ、私、楓ですっ。鏑木楓!」
驚きのままに立ち上がりビシリと背筋を伸ばして答えた可愛らしい声とその名に、青年は嬉しそうに頷いて破顔した。……やはり、子供のように笑う人だと思った。
「いい名だ。私はスカイハイ。そして君のお父さんの名は、ワイルドタイガーだ」
そしてそんな子供のような笑顔は、唐突に、そしてひどくあっさりと、おそらくはトップシークレットである筈の言葉を紡いだ。
あまりにもそれはさらりと当然のような流れで告げられて、楓の脳内にまで届かない。反射で頷きかけて、ぴたりと身体全部が凍り付いてしまう。
………今、彼はなんと言っただろうか。ひどく慣れ親しんだ、けれど決して関わる事がない筈の名を、言わなかっただろうか。
「え………?」
待って下さい、と楓はあっけらかんと言ってのけられた言葉に頭を抱えながら踞りそうになる。
スカイハイ、それにワイルドタイガー。どちらも、ヒーローの名前だ。幾度もTVで見ているのだから、間違いがなかった。
元KOHのスカイハイ。それが目の前の青年だという。では、先程スキャンしてしまった能力は、風を操るNEXT能力という事だ。
それなら空が飛べるようになる。そんな現実逃避の夢を考えながら、深く長く楓は息を吐き出した。
そうして、腹を括るように、青年を見上げた。
「これは私達ヒーローにとってとても由々しき問題のようだ。君の力が必要だろう」
その眼差しを受けた青年も、微笑みながら眼差しに力を込める。………それを見て、納得してしまう。この人は、確かに何かを守り戦う人だ。父と同じ、優しくて力強い輝きが乗せられた瞳。
「君のお父さんに代わり、君の事は我々ヒーローが全力で守ろう。だから、力を貸してくれないか」
そうしてその人が手を差し伸べた。まるでお姫様に差し出す王子の手のひらだ。
つい頬を染めてしまうけれど、むず痒いその感覚に小さく笑ったあと、楓はひとつ頷き、したたかな眼差しをスカイハイに向けた。
「あの、なんだか信じがたいんですが、ひとつ間違っています」
「うん?」
「力を、貸してください。父を見つけるために」
青年が望むから、ではない。自分が望むから、父を助ける為に、力を貸してほしい。
誰かに乞われて望むのではない。全ては自分の中で決めて選んだ、その結果の祈りだ。
その煌めく眼差しに一瞬スカイハイは呆気にとられ、次いで、破顔した。
「流石!流石はワイルドくんの娘だ。では、共同戦線といこう!!」
そうして、再び差し出した手のひらは、握手の形をしていた。…………それはきっと、共同戦線の、宣告。
それを小さな手のひらは受け止めて、深く、はっきりと頷いた。
「まずは、私にしたように、みんなの記憶を取り戻してもらえるかな」
「解りました。連れていってください、スカイハイさん」
語り合い、二人は公園をあとにする。のっそりと一緒に歩くジョンが一匹、そんな二人を眺め、飼い主の意向に添うようにそっと、楓の隣に歩を進めた。
飼い主と一緒に、この小さな少女を守る為に……………
途端、ぱっと輝いた少女の顔に、日差しが降り掛かり愛らしく琥珀の瞳が輝いた。とても素直な笑顔だった。
それに頷きながら笑いかけ、青年は立ち上がり、携帯電話を取り出しながら少女に答える。
「彼なら友達だ!よかった、役に立てそうだね」
短縮の中の名前を探している青年の右手を見つめながら、はっと気付いた楓が、慌てたように立ち上がり、青年の腕を掴んだ。………同時に、何かが自分の中に吸い込まれる錯覚を覚える。
これは、能力が発動した時に感じるものだ。………つまり、この青年はNEXTという事か。意外にこの街はNEXTが多いと思いながら、楓は青年を見上げた。
「なら、知りませんか、父…鏑木虎徹って言うんです!アントンさんとも仕事仲間で………」
どんな繋がりかは解らない。が、大人の知り合いなら、きっと友達か仕事の関係者だ。アントニオを友達というならば、あるいは父とも友達かもしれない。
そう考えて告げたその名に、青年は驚きに目を丸めた。
………それは、自分達が見つけ出すべき殺人犯の、名だ。まるでそんな事は知らないという素直な輝きの少女に糾弾する事は忍びなく、青年は困惑を口腔無いで飲み下し、眼差しを携帯から少女に映してじっとその瞳を見つめた。
嘘は、ないように思える。真っすぐな、ひたむきな眼差しは、どこかで何かをちりちりと焦がすように疼かせた。この琥珀色を知っている気がする。が、いくら考えても、そんな瞳の色の知り合いはいなかった。
同時に、あまり東洋系の友人がいない事を思い出し、そこに微かな疑念を抱く。………少女を見かけたとき、親しみを覚えて、声を掛けた筈なのに。
「彼と?その人が?それはない。あり得ない」
首を振り、青年はその違和感を遮断するように断言した。が、その頑さに内包される違和感は、楓の眉を寄せさせた。
名前ひとつでそんな風に言える筈がない。普通、友達の友達までは把握しない。それでもはっきりと青年は否定した。その理由が、楓には解らない。
「本当です!だって、お父さんたち、高校の時からの知り合いで、よく会ってるって!私だって会った事、あります!大きくてがっしりしていて……!」
頭から否定されていい筈がない。嘘でもなんでもなく、ましてや父が適当な事を言ったわけでもない。自分だって、会ったのだ。だからこそ、アントンなどという名で親しんでいる。
そう必死に告げる楓の声と言葉に、青年は驚いたように目を瞬かせた。意外…というよりは、何故その解答がそこに転がっているかが解らずに困っているようだった。
「どういう事だろう………?」
驚くその顔は、嘘には見えなかった。子供の洞察力と勘は、大人よりも余程鋭いのだ。楓は寄せた眉をいっそう色濃くして困惑に顔を染めた。
おそらく彼は父の名を知っている。知っていて、けれど知り合いではあり得ないと言いだした。………父は、少なくとも人に厭われるような人ではない。それくらい、身内贔屓ではなく生まれ育ったあの土地で生きていれば、十分解る事だ。
それなのに、この優しい青年は困惑するように首を振った。あり得ないとまで、言い切った。
知っている癖に、彼は父を知らない。そして、彼の知り合いであるアントニオは、父を知っているのに、知らないと断言した。
おかしい事、が増えてしまった。否、増えたのではなく症例が、増えた。それは…つまり同じ状態の人間が複数いる、という事だろうか。
………そうして、不意に思い当たる、点と点。
父は失踪した。その手がかりになりえた友人は、昔からの顔見知りなのに、知らないと言いだした。そして目の前の青年は、その友人とも顔見知りで、なおかつ父を知っているかもしれない人、だ。
彼らは大人で、おそらくは仕事によって繋がった関係性を持っている。自分達子供が学校によって繋がるように。
そうだというならば、アポロンメディアで出会った初老の男性とも、繋がりがあるのかも、しれない。
………………そうして、あの男性は、記憶を操作する、NEXTだ。
辿り着いてしまった点と点を結び線。この不可解な能力と、全ての人間に関われるであろう場所に同じようにいる男性。
疑う事が悪い事だと知っている。決めつける事だっていい事ではない。解っている。けれど、それを否定する為には、確認しなくてはどうしたって無視出来ない事だって、子供の自分も知っていた。
「もしかした、ら………」
気付いたその事実と可能性に愕然として凍り付いていた楓は、ぎゅっと目蓋を閉ざして震えそうな身体を押さえ込んだ。解らない、それが事実かどうかも、ただの自分の妄想で、不安からあの男性に押し付けようとしただけの、都合のいい仮説かも。
けれど、だから、それは………確かめればいい。検証が可能ならば、それだけが確かな根拠だ。
思い、いっそ悲壮な程の決死の覚悟で、楓は青年を見上げた。足下で眠る犬は、そんな人間達に緊迫した様子にちらりとだけ視線を向け、けれどすぐにそっと睫毛を落とした。
その犬の傍ら、膝をついたまま見つめてくる花浅葱は、優しく澄んでいる。それに、少しだけホッとした。………多分、大丈夫。能力を見せても、彼は叫んだり通報したりはしないだろう。
思い、楓は意識を集中し、震えそうな身体を必死に制御しながら、真新しいあの男性の能力を発動させた。
楓の琥珀の瞳が、青く輝く。肌の上を瞬くように青い燐光が包み、彼女が何らかの能力を使おうとしている事は傍目にも明らかだった。
それに、流石に青年も目を丸めて驚いた。隣にいるジョンは首を傾げるでもなく大きな欠伸をして、のっそりとその巨体を地面に横たわらせたままだ。それを視界の端に映し、青年は呼吸を整えるように浅く止まった呼気を肺の中一杯に吸い込んだ。
「………君は、NEXT……?」
青年は顰めた声で、けれど鋭く呟いた。
当然だ。どんな能力があるか解らないNEXTはいくら平等を謳おうと差別と偏見が色濃く残っている。それくらい、自分だって解っている。
だから、引き結んだ唇で泣き出したい衝動を飲み込み、じっと青年を見上げた。
戸惑いと躊躇いに揺れた青年の瞳に、小さな自分の手のひらが映る。手を取ってと、そう願うように差し出した、細くて小さな、華奢な子供の右腕。
「ごめんなさい、でも、もしかしたら、なんです。だから、手を……お願いっ!」
説明出来る事はなかった。可能性と可能性。そして想像と想像。ただそれだけだ。何一つ現実の証拠はない。
子供の浅はかな夢物語と、鼻で笑われればそれまでの、そんなちっぽけで軽薄な可能性。
それでも、青年は固く引き結んだ唇で小さく顎を引いて頷くと、その逞しい手のひらを、差し出した楓の手のひらに重ねてくれた。
信じると、そう教えてくれるようなその微笑みに、心の中で込み上げるものが楓の瞳を揺らした。
「………ありがとうございます」
しみじみと告げるような、そんな大人びた仕草で呟くと、楓は青年の手のひらをきゅっと握り締めた。
青い光が、青年の手のひらを包む楓の手のひらを通じて、彼の身すら仄光らせるようだった。
それは多分、実際には本当に短い一瞬だっただろう。事実、驚きに目を丸めている青年は、時間経過に疑問を持ってはいない。
が、実際に光とともに他人の記憶回路を巡り、その中にある異物ともいえる膜によって覆われ隠されたものを、傷つけぬように溶かして解放させた楓にとっては、肩で息をする程に負担のある行為だった。
よく解りもしない能力を行使したのだ。集中力も並々ならぬものが必要だった。
…………それでも、それだけの意味はあった。ぐったりと肩を上下させながら、楓は渾身の力を込めて笑んだ。
見つけた、父に繋がる道を。その可能性を。
ようやく、あやふやでも霞んでもいない、はっきりとした光を。
確かに青年の中に、隠蔽された記憶はあった。それは、父との思い出だ。細かいものまでは読み取れなかったけれど、その霞んだ朧なシルエットは、見間違えようもない、父のものだった。
点と点が、確かな証で繋がった。検証は、成功だ。これで仮説は仮説ではなく、事実に変わる。
疲労とともに感じた達成感と、掴みとった希望に霞んだ眼差しの先、青年は驚きに目を丸め、己の手のひらを見つめている。溢れ出た記憶に困惑しているようだった。
「………どうした事だっ!何で、私は彼の事を忘れて……?!」
「やっぱ、り………、なら、アントンさん、も、きっと……あのおじさんに、お父さんの、事、操作され、ちゃったんだ……っ」
驚きに目を丸めて唸る青年を、楓はベンチに座り込んで身を投げ出したまま、見上げた。
悔しかった。切なかった。遣る瀬無かった。………何があって父がこんな目に遭わされているかなんて知らないし解らない。けれど、何があったとしても、つい昨日までは笑い合った友人が突然他人になるなんて、そんな非道な罰を与えられるのはおかしい。
力の入らない手のひらを、それでも戦慄かせながら、握り締めた。早く、父に会いたかった。会って、その腕に抱きついて、思いきり泣いて喚いて、大好きなのだと、自分が幾度間違えて酷い事を言っても信じてもらえるように、沢山伝えたかった。
こんな風に、突然の別れなんて、二度と味わいたくはない。だから、無茶でも無理でも何でもする。そうして必ず最後に笑って父の手を取って、馬鹿みたいに二人、泣いて抱き締め合ってみせる。
そう思い定め、楓はなんとか深呼吸を繰り返しながら呼気を整える事に専念した。
「君は、一体どういう能力を?」
肩で息をしながらゆっくりと呼吸を整える少女に、青年は未だ驚きと興奮のさめやらぬ顔で問いかけた。
それに頷くように顔を持ち上げて、にこりと、気力で楓は笑いかける。
「私は、コピー。ただし、NEXT能力だけの」
大きく息を吸って、吐く。大丈夫、これなら、話せる。この人はアントンの知り合いで、父の知り合いでもある。ならば、ようやく見つけた、手がかりだ。
ひたと青年を見据え、楓はたった今の能力の意味を、彼に告げた。
「さっき、お父さんの会社のおじさんから、この能力をスキャンしちゃったんです。自動になるから、あなたの能力も持ってますよ、多分」
そしてそれはそのまま、この記憶隠蔽に意図がある事を示している。子供の自分が考えられる事には限度がある。知識も足りないが、それ以上に大人の事情というものが解らない。
だから、情報を提示した。手を取ってくれた青年に、同じようにこの言葉を受け入れ、父への手がかりを示してほしかった。
そうして見つめたそのひたむきな眼差しに、青年はきょとんと驚いたように目を丸めた。……こんな顔をすると、ずっと年上の人なのに、ひどく子供のように見えた。
「……驚いた。私がNEXTなのもお見通しかい」
「そうでなければこんな真似、出来ません」
苦笑し、楓は肩を竦めた。………NEXTは、そうだというだけで肩身の狭い思いをする事が多い。ましてや、見ず知らずの人間に能力を見せるなど、どんな裏切りに出会うか解らない賭けにも似ている。
それを知ってしまっている青年は、微かに眉を垂らして苦しそうに息を吐いたあと、睫毛を落として小さく頷いた。
「……そうだね。よし、色々やらなくてはならない事があるようだ」
そうして、落とした睫毛を持ち上げると、青年は楓の背中に見える、遥かに聳えるアポロンメディアの社屋を見据えるように、見つめた。
その姿を見上げながら、戸惑うように楓が首を傾ければ、青年はにこりと笑い、頭を撫でてくれる。NEXTである事、その能力も教えたのに、その手のひらに躊躇いはなかった。それが、純粋に嬉しかった。
「時に、君の名前はなんというのだろう」
その笑顔が優しく問いかける言葉に、今更自分が名乗ってもいないのに色々と質問を押し付けて相談に乗ってもらっていた事に気付き、楓は真っ赤になって慌てた。
「あ、私、楓ですっ。鏑木楓!」
驚きのままに立ち上がりビシリと背筋を伸ばして答えた可愛らしい声とその名に、青年は嬉しそうに頷いて破顔した。……やはり、子供のように笑う人だと思った。
「いい名だ。私はスカイハイ。そして君のお父さんの名は、ワイルドタイガーだ」
そしてそんな子供のような笑顔は、唐突に、そしてひどくあっさりと、おそらくはトップシークレットである筈の言葉を紡いだ。
あまりにもそれはさらりと当然のような流れで告げられて、楓の脳内にまで届かない。反射で頷きかけて、ぴたりと身体全部が凍り付いてしまう。
………今、彼はなんと言っただろうか。ひどく慣れ親しんだ、けれど決して関わる事がない筈の名を、言わなかっただろうか。
「え………?」
待って下さい、と楓はあっけらかんと言ってのけられた言葉に頭を抱えながら踞りそうになる。
スカイハイ、それにワイルドタイガー。どちらも、ヒーローの名前だ。幾度もTVで見ているのだから、間違いがなかった。
元KOHのスカイハイ。それが目の前の青年だという。では、先程スキャンしてしまった能力は、風を操るNEXT能力という事だ。
それなら空が飛べるようになる。そんな現実逃避の夢を考えながら、深く長く楓は息を吐き出した。
そうして、腹を括るように、青年を見上げた。
「これは私達ヒーローにとってとても由々しき問題のようだ。君の力が必要だろう」
その眼差しを受けた青年も、微笑みながら眼差しに力を込める。………それを見て、納得してしまう。この人は、確かに何かを守り戦う人だ。父と同じ、優しくて力強い輝きが乗せられた瞳。
「君のお父さんに代わり、君の事は我々ヒーローが全力で守ろう。だから、力を貸してくれないか」
そうしてその人が手を差し伸べた。まるでお姫様に差し出す王子の手のひらだ。
つい頬を染めてしまうけれど、むず痒いその感覚に小さく笑ったあと、楓はひとつ頷き、したたかな眼差しをスカイハイに向けた。
「あの、なんだか信じがたいんですが、ひとつ間違っています」
「うん?」
「力を、貸してください。父を見つけるために」
青年が望むから、ではない。自分が望むから、父を助ける為に、力を貸してほしい。
誰かに乞われて望むのではない。全ては自分の中で決めて選んだ、その結果の祈りだ。
その煌めく眼差しに一瞬スカイハイは呆気にとられ、次いで、破顔した。
「流石!流石はワイルドくんの娘だ。では、共同戦線といこう!!」
そうして、再び差し出した手のひらは、握手の形をしていた。…………それはきっと、共同戦線の、宣告。
それを小さな手のひらは受け止めて、深く、はっきりと頷いた。
「まずは、私にしたように、みんなの記憶を取り戻してもらえるかな」
「解りました。連れていってください、スカイハイさん」
語り合い、二人は公園をあとにする。のっそりと一緒に歩くジョンが一匹、そんな二人を眺め、飼い主の意向に添うようにそっと、楓の隣に歩を進めた。
飼い主と一緒に、この小さな少女を守る為に……………