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今日の分のトレーニングを終えると、流石にへばりはしないものの疲れて甘いものが欲しくなる。
そんな事を考えながらいそいそと隣接された休憩室近くにある給湯室内の冷蔵庫に向かった。大抵の人間はここに飲み物を入れているが、こっそりと虎徹はアイスも入れておいている。
今日は普段よりも少しだけトレーニングをかさましした。その分くらい、カロリーを摂っても問題はないだろう。そんな事を思いながら、昔ながらのバニラのカップアイスを取り出した。
冷凍庫内には他に何もない。これが最後の1個だった。またいくつか買いだめておこうと思いながら、手の中のアイスを見下ろした。
なんて事はないどこにでも売っているカップアイスだが、汗を流して疲れきった身体にはこれが美味しい。上機嫌で虎徹はそれを片手に乗せて軽い足取りでトレーニングセンターに戻っていった。
ニコニコの笑顔に、手にはカップアイスと一緒に付いてきた木のスプーン。アイスの蓋には間違って食べられないようにと、ヒーロー名とともに子供の落書きのような似顔絵付きだ。以前これを見たドラゴンキッドがいたく気に入って大笑いをしていた事を思い出す。
同時に、アントニオにお前以外にそんなものここに置いておかないと苦笑もされた。が、それは少し違うと虎徹は思う。
置いておかないのではない。置かなくても平気と思われている。そんな事を思いながら、虎徹はトレーニングセンターの扉の前までやって来た。
………何故か、嫌な予感がする。とても、してしまう。
さして大きくはないカップアイスだ。大人の男の手のひらの中なら、覆えないまでも、存在を隠すくらいは出来るかもしれない。
そんな必要性はないと解っていながらも、虎徹は扉を前にして、そっとアイスの蓋を手のひらで覆った。それだけで蓋一杯に書かれていた名前と似顔絵は見えなくなった。
これなら、きっと大丈夫。そう思って口笛を吹きながら扉をくぐった。
………その先にたたずんでいたドラゴンキッドを見た瞬間、虎徹の口笛がぴたりと止んでしまう。
パチリと瞬いた幼い大きな瞳。見上げる顔があどけなく不思議そうだった。
これならと思い、虎徹は引き攣りそうな顔で笑顔を浮かべて会釈しながら、すすっと微妙な動きで横へと移動していく。何故か、カニ歩きで。
それにもう一度瞬いた瞳。……が、次の瞬間、その瞳は明るく輝いて満面の笑みを彩った。
「あっ!」
明るく弾むドラゴンキッドの声に、虎徹の顔が盛大に引き攣った。
そしてドラゴンキッドの腕が丁度隣にいた折紙の裾を掴み、ぐいっと引いてた。理由は解らないが、そのおかげで折紙までドラゴンキッドの視線の先に目を向けてしまった。
…………まずい、これはいつものパターンだ。しかも、対象が増えてしまった。
「え?」
「げっ」
目を瞬かせた折紙の惚けた声と、半ば諦めの入った虎徹の辟易とした声が重なった。
それにもう勝利を確信しているのか、あるいは初めからそんな事自体念頭にないのか、ドラゴンキッドが明るい笑顔を浮かべて折紙を引き連れたまま虎徹に詰め寄った。
どうして折紙まで巻き込むのだろう。そう思いながら、虎徹はドラゴンキッドが近付く分後ろに下がり、知らぬ間に壁際まで追い込まれてしまった。
…………子供の無邪気な期待の眼差しは恐ろしい。それだけで、大人は手も足も出なくなるのだ。
そんな事を考えながら壁を背にドラゴンキッドを見下ろすと、思った通りその可愛らしい小さな手のひらがこちらに伸ばされた。
「やっぱり!タイガー、アイス食べるんだね!いいな、僕も食べたい!」
「なんでわかんのよ、お前……俺、隠してたでしょ?」
「だってアイスだもん、解るよ!」
肩を落としながら大きな溜め息をついてみせても、呆れたように告げてみても、ドラゴンキッドはまったく諦めていなかった。
むしろ、これは見透かされているのだろうか。そんな事を思い、虎徹はドラゴンキッドに引き摺られてついてきてしまった折紙に目を向ける。
困惑しているのかオドオドと自分達を見てはまた床に視線を落としている。それに苦笑してみせると、気付いたらしいドラゴンキッドがくるりと振り返って折紙の顔を覗き込んだ。
「ほら、これだよ、話していたアイス!タイガーのアイス美味しいんだ♪」
「……でも、確か………」
「なんだ、お前そんな話してたのか?ったく、何回俺にたかる気だよ」
困ったようにドラゴンキッドに答えようとする折紙の声は、虎徹の声に被さって掻き消えてしまう。
そんなやり取りの間も、アイスはきっと溶け始めているだろう。快適な温度を保つトレーニングセンターも、流石にアイスにとっての適温ではない。
一応溶けないようにと指先だけでカップの端を持つように変えているけれど、キラキラと期待に満ちたドラゴンキッドの眼差しと、それに追従するようにこちらを見ては目が合って俯く折紙の仕草に、虎徹は困り果てたように視線をあらぬ方に逃がした。
いつもいつもいつも。必ず子の子供は自分がアイスを食べると寄ってくるのだ。こっそり見つからないように食べているし、持ってくる時だって一応隠しているつもりなのに。
それでもまるで初めから見ていたかのようにいいタイミングで、アイスを持つ自分の前に現れる。それはもう、叶えられると解った希望だけを讃えた可愛らしい笑顔とともに。
思い、ちらりと見下ろした視線の先に、虎徹は後悔した。
そこにいるのはドラゴンキッドだ。自分と同職者で、カンフーマスター。大人顔負けの力を有したヒーローだ。それなのに。
………嬉しそうに幼く笑う、それはヒーローではなくあどけないままの少女の笑顔だ。
「なら僕に見つからないように食べてみなよ〜。絶対見つけるけどね!」
弾む明るい声。彼女が引っ張った先は、引っ込み思案の少年の袖。
それに促され、見上げてくる、やはりあどけない、けれど乞うような惑う眼差し。
………まいった。こんな純粋な歓喜の笑顔と、迷子のような縋る眼差しを向けられて、首は振れない。
そう思い、深く長く溜め息を吐くと、虎徹は両手を上げて降参を告げた。
「……………は〜いはいはい!解った、解りました!ったく、分けてやればいいんだろ。ほら、折紙も。ちゃんと座れよ」
「え、あ、は、はい!!………って、え?いいんです、か?」
突然の名指しに、面白い程折紙の身体が跳ねて機械仕掛けのオモチャのようにパタンとしゃがんでそのまま正座をした。………これだけ自然の正座が出来る西洋人も珍しいと、つい虎徹は見下ろしてしまう。
自身はあぐらをかいて、虎徹は戸惑う折紙に仕方なさそうに笑い、頷いた。
「仕方ねぇだろ。このままじゃアイス、溶けちまうし」
一緒に食べる事に問題などないというその声は、先程までの抵抗など想起させない自然さだ。我ながら現金だけれど、こうして小さいヒーロー達が懐いてくれるのは、素直に嬉しい。
だから多分、アイスを食べる時に現れるドラゴンキッドを叱れないし、最後には必ず負けてしまうのだ。………こんな風に、ちょっとしたやり取りをするの楽しいと考えている時点で、既に勝てる筈がない勝負だ。
そんな事を思いながらアイスのふたを開けた。思った通り、ふちが溶け始めている。
スプーンの袋も破って蓋に乗せると、虎徹はそのまま軽くアイスを一匙分、すくった。じっと見つめる折紙の瞬く眼差しと、その次をきちんと知っていて待っているドラゴンキッドの嬉しそうな眼差しが虎徹の手元に注がれた。
苦笑とともに、仕方なく虎徹はアイスをすくったそのスプーンを、己の口ではなく、前方へと差し出した。
「おら、ドラゴンキッド」
告げる言葉と同時か、それよりも早いタイミングで、ぱくりという音が聞こえる仕草のまま、ドラゴンキッドは差し出されたスプーンを口にした。
舌の上に乗ったのは溶けかけたバニラアイス。どこにでもある何の変哲もない、安いアイスだ。
「おいし〜♪」
それでもそれが至福の味をしていて、ドラゴンキッドは嬉しそうに咀嚼している。
今度は目を瞬かせてその様を見つめていた折紙の鼻先に、スプーンがやってきた。それに折紙は大きく目を丸めてしまう。
こんな風に誰かに食べさせてもらうなんて、物心ついてから、記憶にない。どうすればいいのか解らず、ちらりと虎徹を見上げれば、そこには酷く優しく自分を見下ろす笑顔があった。
それに促されるように、折紙もまた口を開き、おずおずとそのアイスを口にした。半分くらいそれはもう溶けていて、冷たくて甘い、よく知るバニラアイスの味が広がった。
それなのに、何故だろう。解らないけれど、それはとても美味しかった。また虎徹がスプーンでアイスをすくって、今度は自身が口に含む、その様をつい眺めてしまう。
もう一口、食べたくなってしまう。甘くて優しい、バニラアイス。
「タイガー、もう一口!」
素直にねだるドラゴンキッドの声に寄り添うように、折紙も頷きながら小さく同じ言葉を口にした。
それに嬉しそうに虎徹は笑う。
差し出されたアイスの乗ったスプーン。空っぽになったスプーンにはありがとうを乗せて虎徹に返される。
甘い甘いバニラの香り。優しい笑顔と、響く笑い声。
それを見つめて、ふと気付く。
いつもいつもひとつのアイスを分け合った。
買いに行けばいいのに、安いアイスをひと匙ずつ、一緒に食べた。
その笑顔が愛しくて、たった1つのアイスを分けるのだと。
………同じ笑みに彩られて、また一口、今度は新しく混じった大型犬に、与えてやった。