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「あっ!」
「え?」
「げっ」
それぞれが違う種類の声をあげて、奇妙な音の共演が醸された。
それに何事かとバーナビーがマラソンマシーンの上で視線を向ける。そこにはカップアイスを手に隠しながら立ち尽くす虎徹と、目を輝かせてそれを見上げているドラゴンキッド、その隣でちらちらと二人を見遣りながらも場を去らない折紙がいた。
……………見遣ったところでまったく状況が把握出来ないと、バーナビーはクールダウンモードのマラソンマシーンの上で歩きながら、汗でずれた眼鏡を指先で持ち上げた。
そのまま弾む息を整えて見つめていた三人の様子が、少しずつ変わっていく。それに微かに眉を顰めた。
視線の先では虎徹に詰め寄るドラゴンキッドと、それにアイスを持ったまま諸手を上げて降参を言い渡しているらしい虎徹。ドラゴンキッドの後ろに控えながら、少しだけ嬉しそうに顔を輝かせている折紙。
まったく流れは解らない。が、二人が虎徹に懐いているその姿だけは解った。
それがどこか面白くなく感じて、バーナビーは唇を引き締めた。多分、この感情は、彼がトレーニングをサボっているから感じる苛立だ。そう思いながら、納得するように小さく頷く。
その耳に、丁度休憩中らしいロックバイソンとファイヤーエンブレムの笑いを含んだ声が触れた。
「またか、虎徹の奴」
「懲りないわね〜。絶対バレるに決まっているのに」
くすくすとファイヤーエンブレムは笑い、楽し気にその視線を戯れ合っている三人に向けている。その眼差しは微笑ましそうで柔らかかった。
同じように三人を見遣るロックバイソンの瞳もあたたかい。
それに気付いて、もう一度バーナビーは彼らを見遣った。何かあっただろうかと思い見つめた先、丁度虎徹がカップアイスをすくいとっていた。
そうして、そのスプーンはそのまま前に差し出されて、満面の笑みを浮かべているドラゴンキッドの口の中に消えてしまった。
「…………………………は?」
思わずその様子に間抜けな声が漏れてしまった。
………食べさせて、いるのだ。アイスを。自分が食べるつもりで持ってきたのだろうそれを、全員で座り込みながら、交互に。今度は折紙がおずおずと口を開けて差し出されたスプーンを口に含んでいる。
最後に虎徹がひと匙を口に含み、また期待に目を輝かせているドラゴンキッドをちらりと見遣って、仕方なさそうな溜め息を落としていた。
これは確実にまたすくったアイスがドラゴンキッドのものになるだろう。そうして、彼女にあげたのなら、場を去らない折紙にも同じように与えられる。その繰り返しだ。
なんだろうか、この状況は。餌付けか。しかしアイスをそれぞれに買い与えるならばまだしも、自分が食べる分を食べさせるというのはどうなのだろうか。
呆然とそれを眺めているバーナビーに気付いたロックバイソンが、少しだけ気の毒そうに苦笑している。
きっとこんな光景、彼には無縁だっただろう。大勢で分け合って食べる、そんな事は不要だったに違いない。が、虎徹や自分の生まれた辺りでは当たり前だった。そうした習慣は大人になってもなかなか抜けない。
そのせいか、虎徹は自分が食べているものをねだられると、そのままスプーンを差し出す癖がある。
「ありゃ、あいつの癖なんだよ。そう悪いもんじゃないし、気にするな」
「でも、回し食べなんて、衛生的に………」
先輩ヒーローに言いづらそうに窘める声を掛けてみれば、ロックバイソンは思った通りという顔で苦笑している。
それに言葉を尻つぼみに終わらせてそっと顔を逸らせた。………潔癖なつもりはないけれど、やはり気になるものは気になってしまう。
逸らした視線の先、また虎徹がドラゴンキッドにアイスを与えていた。はしゃいで美味しいと弾んだ声をあげている彼女に、嬉しそうに虎徹は笑って頭を撫でていた。
与えている……というよりは、半ば強引に分けさせられていた状況の筈が、何故か彼自身、そう気分を害しているようには見えなかった。
そのせいか、どちらかというと引っ込み思案な折紙も、口を開けて待っていた。おそらく礼を言ったのだろう折紙の声は小さくて聞こえなかったが、くしゃりと嬉しそうに笑った虎徹の顔と、やはり乱暴に撫でたその仕草で想像がついた。
それはそんなに遠い距離の光景ではない。それなのに、バーナビーには彼らの姿が随分と遠い景色に見えてしまう。幸せな、優しい光景だ。
つい憧憬に染まったバーナビーの眼差しを見つめながら、クスリと楽し気に笑んだファイヤーエンブレムが、唇の傍に指を立てて艶かしい流れ目で虎徹達、バーナビーを順に眺めながら、最後にロックバイソンを見つめ、囁いた。
「本人達が気にしてないんだし、いいんじゃない?大体、唾液がどうとか考えていたらキスもままならないじゃない。ねぇ、ロックバイソン?」
「この流れで俺に振るな!いらん誤解を招く!!」
「あら、誤解じゃなくすればいいのに。いけずね〜」
沈みかけた思考をそんなけたたましいやり取りで遮断され、バーナビーは苦笑する。虎徹もそうだが、ファイヤーエンブレムもまた、己の性を上手に使って場の雰囲気を作り立てる事が上手い。
それに小さく感謝しながら、バーナビーは虎徹達を見遣る。まるで子犬が群がるようなその光景は、確かに微笑ましく優しい。
…………こんな光景も、悪いものではないかもしれない。自分には無縁だったけれど、幸せな姿なのだと、思う。
それならば気付かなかった振りをして、叱る声は飲み込んでおこう。そう思い、バーナビーはタオルで汗を拭きながら、彼らに背を向けられるようにベンチプレスの方へと足を向けようとした。その時、出来る事ならば聞かずにいたいその声が、響いた。
「ワイルドくん、美味しそうだ!とても美味しそうだ!!」
……………どこから現れたのか、たった今来たのかは謎な、そして聞かなかった事に出来ない明るい大きなその声に、嫌な予感を覚えてバーナビーは振り返ってしまう。
そうしてバーナビーは振り返った事を後悔した。案の定、声の主であるスカイハイが、その図体の大きさなど無視をして、子犬のような二人に混じってスプーンを銜えた虎徹にアイスをねだっている。
おそらく既に前述の二人で慣れてしまったらしい虎徹は、子犬に大型犬が混じった程度の感覚なのだろう。やはり仕方なさそうにすくったアイスをまるで当たり前のようにスカイハイに食べさせた。
ドラゴンキッドや折紙とは違い、さして年齢など変わらない、スカイハイにだ。それを認識して、バーナビーのこめかみが微かに痙攣する。
が、それで終わるならばと、バーナビーは自制心をもって怒鳴りたい衝動を耐えた。耐えた一幕は、けれど即幕開けに変わってしまう。
……………幸せそうに笑んで礼を言ったスカイハイは、そのまま立ち去る事なくそこに居着いてしまったのだ。虎徹もまた、それを邪険にもしないで受け入れてしまっている。
二人と同じく座り込んで次を大人しく待っているスカイハイと、あっさりそれを容認した虎徹の、一連の動作を見ていたバーナビーは、ビシリと凍り付いた。
「あらあら、スカイハイったら、やるわね〜」
その耳にファイヤーエンブレムの楽し気な揶揄の声が響き、ブチリと己の中で何かが切れた事をバーナビーは自覚する。理由なんて知らない。ただ苛立っただけだ。そもそもここはトレーニングルームで、飲み食いする場でもないし、虎徹はまだ今日のメニューをこなしていない筈だ。
そう思い至り、無言のままずかずかと、バーナビーが歩き始めた。勿論、ベンチプレスへではなく、虎徹達の座る輪の方向へ。
その嫉妬の入り交じった背中を見遣りながら、ロックバイソンが溜め息を落とす。
「あんま茶化すなよ」
「あら、だってあの子、全然自覚無いんだもの。後押ししたくならない?」
「………同じ事言って、スカイハイもけしかけたよな、お前」
「あらぁ、そうだったかしら?」
楽し気に笑んだファイヤーエンブレムは、軽やかに首を傾げて瞳を細めてロックバイソンを見上げる。
それに最早慣れている自身にも溜め息を落として、ロックバイソンは無自覚の悋気を向けられる自身の親友へエールを送った。
……………そんな二人の会話を背に、バーナビーの怒号と、虎徹の驚いた悲鳴が響いた。
おまけ。
※アイスは兎が怒鳴った際に虎の手から落ちて駄目になってしまいましたとさ。
「アイス〜!美味しかったのに!」
「勿体無いです……まだもう少しあったのに…………」
「後で買ってあげますから!回し食べとかは止めて下さい。衛生的にも駄目です!」
「しかし、こうしてみんなで食べると美味しいものだね」
「うん!タイガーが食べさせてくれるアイス、前に同じの買ったけど、味が違うんだよ〜!」
「そうか?リニューアルしたのかな?」
「ううん。タイガーが食べさせてくれると美味しいの」
「んん〜?………ああ、そりゃ違うな、ドラゴンキッド」
「…なにがです、か………?」
「俺が、じゃなくて、みんなで食べるもんは、何だって×人数分、美味く感じるんだよ」
「…………………………」
「だからバニーも今度は一緒に食おうぜ。美味いぞ、このアイス」
「………………………っ」
「僕も僕も!!」
「………あの、拙者も、ぜひ………」
「私もご相伴にあずかりたい!そして一緒がいい!!」
「し、仕方ないですから、一回くらい、つきあってあげます」