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気の向くまま、思うがままの行動記録ですよ。
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    企画があったので。

     支部にて白鬼企画があったのでひょろっと参加してみました。
     でもあのね、私なのでね?

     ………鬼灯様、閻魔様大好きだねぇ(遠い目)

     ツンデレっていうか、うん、甘え下手の甘えっぷりが可愛らしい………うん、多分可愛いんだよね、アレは?←
     そして当然の如く白澤さんは大人ですよー。仕方ないよ、私が書くんだもん。ギャグを求めちゃいけないよ。

     以上を踏まえて嫌な予感しない方はどうぞ畳んだ先からちらっと覗いてやってくださいませ。




    「だから、意外に優しい子なんじゃ。甲斐甲斐しいって言うのかのう」
    「あいつが?見えないなぁ」
    「あら、そんな事はないのう?沢山知っているであろう?」
    「…………、いやぁ、やっぱ解らないな」
    「本当に頑張り屋さんじゃ。わらわのあとを継ぐなんてみーんな嫌な役であろうに。自分一人憎まれ役に徹して、本当に理想のままに統治を実現してしまったわ」
    「あいつは為政者に興味はなさそうだけどな~」
    「あの子はのう。……あの子が夢見ているのは、あの子に与えられた希望が朽ちないこと、かのう。こればかりはわらわも解らないのが残念じゃ」
    「希望…あいつに一番似合わない言葉だね」
    「おや、そうかのう?」
    「………」
    「ふふ、解っているようじゃのう。おぬしもいい子じゃ」
    「いい男、じゃなくて?」
    「うん?それは……どうかのう?」
    「つれないなぁ。こんな怖い門構えを潜ってきたのにさ」
    「おや、愛を感じたであろう?」
    「……執念の私怨を感じたよ」
    「それは悪かったと思っておる、一応。まさかあの子まで付き合うとは思わなかったんじゃ」
    「?どーゆーこと?」
    「………おや、おぬしも解らぬか?これなら本当にこの先もあの子の目論見通りじゃねぇ」
    「?なになに、凄い気になるんだけど」
    「ふふ、だからね、あれは……」



     そんな、ついこの間の酒宴での話を思い出す。原因は確実に目の前の男、鬼灯だろう。
     もっともここが彼の自室である事を考えたなら、最終的な原因はわざわざ足を運んだ自分だろうか。
     そんな事をつらつらと考えながら座った椅子の上、白澤は思いの外雑多な室内を見るともなく見るふりをして、こちらを一瞥もしない鬼灯を盗み見た。
     視線の先、自分によく似た面立ちは自分と類似点などないと言い切れる程の鉄面皮で巻物を眺め、何事かを書類に書き加えていた。自室にまで仕事を持ち込むのだから本当に仕事中毒だ。これにばかりはいい薬などないと溜め息が漏れてもおかしくはないだろう。
     その上相手はまったく白澤を見ようともしない。目が合ったのは唐突に赴いてドアを叩いたと同時に金棒を投げつけてきたその時だけだ。……むしろ既にいる事すら忘却していそうなその様子は、いっそ見事だった。
     それならばと無遠慮に白澤が鬼灯の横顔に視線を定めると、ぴたり、彼の指先が止まりその凍てついた面が生きた顔である事を教えるようにすぅと不愉快そうな眉間のシワが刻まれた。
     何かミスでも発見したのかと白澤が瞬きながら観察すれば、ぎろりと鬼そのものを代弁出来る目付きで睨み据えられてしまった。
     「……なんですか、鬱陶しい」
     そうして忌々しげに呟くその玲瓏な声に、瞬かせた眼差しを今度は見開かせてしまう。
     まったく興味もなさげに訪れた自分をずっとそのまま放置していた癖に、視線を感じ取れる程度には気に掛けていたのだろうか。
     「え、僕喋ってないよ?」
     解りづらそうで存外解りやすい鬼灯の態度ににんまりと笑いながら白澤はクスクスと嘯くように囁いた。
     それによりいっそう鬼灯の眼差しが剣呑になった。が、他に誰かがいるならばまだしも、二人きりならばそう彼も手出しはしてこない。
     理由は至って簡単だ。見せつけるべき相手がいない、それに尽きる。………そう考えたなら少しばかり寂しい事実かもしれないけれど。
     それでも解っている事実を無音の中に教えるように笑みを深めてわざと肩を竦めてみれば、ふいと視線が逸らされてしまった。
     「あなたは存在が有害な上に気配まで鬱陶しいんですよ。いい加減自覚したらどうですかクズが」
     ……同時に麗しい声音が罵詈雑言に値する言葉を迷いなくすらすらと綴る。相変わらずの横暴なまでの正直さだ。
     流石にそれにはひくりと顔を引き攣らせながら、素知らぬ風の涼やかな男の目元を白澤は睨み付けた。
     「なんか然り気無くひどい言われようなんだけどっ?!」
     もう少しオブラートに包むなり、言葉を飲み込むなり、何かあるだろう。少なくともそんな風に罵られるほど凝視もしていないし、彼に迷惑を掛けるような真似もしていないというのに、とんだ濡れ衣だ。
     そう先程の鬼灯に負けず劣らずに捲し立ててみれば、返されたのは水を打ったような沈黙だった。………折角びしりと指差した白澤の指先も、何も反応が返されなければ間抜けなだけで、身体全体とともにプルプルと震えた。
     「しかも今度は無視かよ!!」
     まるで自分が癇癪を起こしているような状態に白澤はがなるように異議を唱えた。
     そもそも、自分の方が遥かに年上だし、知識とてある。人生経験というべきものも豊富だ。だからこそ気にかかった事を確かめにやって来た。まだまだ幼い部類にすら入る鬼の子だ。しかも元は人の鬼神となれば、純然たる地獄の住民以上に人ととして在った時間に綻びが現れる可能性がある。
     そもそも彼のように鬼火が宿り鬼神に転じた例は稀だ。ましてやそれがこんなにも屈強な鬼神として他を圧する程の存在ともなれば、異例中の異例と言える。つまりは前例がない。そうであるが故に、彼にこの先どんな事がその身に起こるのかも解らない。
     起こるかも解らない何かが、吉凶どちらに転ずるかも、解らない。それを防げるのかも、最悪の事態になるのかも、神獣であろうと予知は畑違いの分野である為、予感すら湧かないのだ。
     それでもせめて可能な範囲で未然に防ぎたいと思う程度には、情はある。そうでなければたかが酒宴の戯れ言じみた言葉を引っ掛けてこんなところまでやって来たりはしない。
     ………だというのに、まるでそれこそが余計な世話だとでも言いたげに鬼灯は繋げられる言葉を嫌い、白澤を顧みない。
     それどころか、白澤がいつもの調子で鬼灯の意識を絡めとり仕事から自分の方に巻き込もうとけしかけても、不愉快そうに眉を顰めて切って捨てるように舌打ちを落とす始末だ。
     「なんなんですかあなたは。鬱陶しいを通り越して埋めて息の根を止めたくなりました」
     「駄目だろそれはっ!って違う。そうじゃなくて」
     まるではぐらかすようにうようよと、話をするのではなく叩いて砕くように打ち切る能面の補佐官を神獣はガシガシと頭を掻きながらねめつけた。
     ひたと、鬼灯の何も映さない鋭い眼光が白澤を映す。瞬きすらない眼差しの先、見返すまま逸らされないそれに小さく鬼灯の唇が蠢いた……気がした。
     気のせいかもしれないと、一瞬で消えたそれを白澤は呼気を緩めながら見つめた。が、今度はそれに舌打ちが返されてしまう。それは聞き間違える筈も聞き逃す筈もない、解りやすい程にはっきりと。
     「なんですか。用なら早く言いなさい。私は忙しいんですよ極楽蜻蛉と違って」
     そうして与えられたのは、逸らすつもりでいたらしいこちらの物言いたげな視線への、許諾。
     「お前本当に一言多いな………」
     当然のように付け加えられた素直すぎる天の邪鬼の一言を苦笑で受け流し、白澤は軽く息を吐き出した。
     じっと逸らされない闇夜の瞳。文句を言いながら、それでも彼は許可した事を反故する事はなく、いつとて憎々しげに罵詈雑言を撒き散らしても受け入れる。
     ……それは、どれ程の痛みをその身に刻んだだろうか。潔さは誉れである筈なのに、今この時だけは痛々しいだけの傷口に思えた。
     「あのさ、年寄り臭いから言いたかないんだけど」
     そっと睫毛を落とし、瞼の裏側、視線すら逸らして小さく囁く声は、少し滑稽なくらい勢いのないものだった。これが遥かに高位にある神格を有した生き物の声かと己でも嘲る事が出来そうだと思ってしまった。
     「なら言わないでよろしい」
     「言わせてよ?!だからね、そういうの、少しくらい無くせよ」
     微かに弱くなった語気に即座に与えられたのは、綴る事の痛みを無きものとする、許可。
     つんと澄ました眼差しも引き結ばれたままの唇にも変化はない。変化などある筈もない。
     ……いつとて、この獄卒はいっそ無慈悲なその指先で、他の誰かから慈悲を与えられる日が来るまで共にいてくれる。
     どんな重罪人にも分け隔てなく、いつかの解放の日が与えられるように容赦なく注がれるのは、屈し許しを乞い改心を促す程の、絶対的な畏怖の存在。
     人は単純なものでそれがあれば、それから逃れる為、再び見えぬ為に悪徳を重ねる愚を無意識に避ける。それが重なり繰り返され、いつかは輪廻の苦しみからの解脱に至る。
     「はぁ?あなたに私の趣味をとやかく言われる覚えはありません」
     そんな白澤の脳裏に煌めく夢想じみた綺麗事とは掛け離れた能面は、淡々とした口調のまま素っ気なく相手が勘づいただろう全てを屠ろうとする。
     ………幾度、そうして彼はその像を揺るぎないものに変えたのか。相も変わらず彼を見ていると優秀すぎる事はけして瑞兆ではないのだと溜め息が漏れそうだった。
     「趣味の範囲なら言わないけどさ」
     ね?と首を傾げながら可愛らしく、暗に意を含むように双眸を細めて笑んで呟けば、微かに鬼灯の眼差しが見開かれた。それでも微かすぎるそれは、恐らく勘のいいものにしか読み取れない。
     その辺りも彼の性格形成に一役買ったのだろうと思いながら笑んで見つめた先、そっとその睫毛が落とされた。
     「……誰に聞きましたか」
     明確には出さなかった取引材料を、はぐらかす事なく大人しく認めた声に笑みを深め、白澤はひらりと手のひらを振りながら鬼灯もよく知る女性を脳裏に浮かべた。
     「察しがいいね。イザナミちゃんだよ」
     だからこそ情報源は確かなのだと嘯く白澤の声は楽しげだ。……その癖、その眼差しは腹立たしい程に柔らかく優しい。
     それをそっと持ち上げた睫毛の先に映し、鬼灯は厭うようにまた眼差しを遮断した。
     「……あなた、ついに冥府の主にまで手を」
     「出させてはくれないよ~あれで彼女まぁだイザナキの事好きなんだもん。やんなっちゃうよ」
     嫌味のように普段の行いを窘めようと呟けば、それを見越していたのだろう、クスクスと笑いながら白澤は肩を竦めて見せた。
     多分、否、きっとそれは嘘偽りなく本当だろう。彼女はあれだけ憎みながら、それでも愛しんでいる。
     神とはいえ男女の仲は複雑だと鬼灯はそっと吐息を落とし、ちらり、普段からは考えようもなく優しくこちらを見つめる白澤を視野に納めた。
     「少しはあの一途さを見習いなさい白豚が」
     ちっと舌打ちのついでに唾も吐き出してやりたいが、残念ながらここは自室だった。そんな真似をしても掃除をするのが自分と思えば、無駄な真似は避けたい。
     そんな心境をまるで浮かべない表情で、それでも何故か白澤は見出だしてしまう。厄介な事この上ない神獣だ。
     それすら理解しているのか、人の部屋で寛ぐように椅子の背もたれに両腕と顎を乗せた輩は、こてんと首を傾げさせながら困った子供を見遣るように笑った。
     なんだと睨み据えようとした瞬間、その眼差しがゆらり揺らめき、優しくほころび微笑んだ。
     「お前もちょっとその一途ささ、なんとかならない?」
     それは、ひどく柔らかな声音だった。聞いた事などないけれど、おそらくは彼が口説く女性達が常に聞いているであろう、言祝ぎに満ちた優しさに彩られた甘やかな音。
     「…………、……」
     一瞬知らぬ存ぜぬを押し出して躱そうかと口を開いた鬼灯は、けれど視線の先にたたずむ白澤の眼差しに口を噤む。
     ……説き伏せられる結果を知りながら無駄に足掻く無様を晒すくらいなら、沈黙の海にたゆたう方を選ぶ方がまだマシだった。
     そう教えるように纏う雰囲気を無に染めた鬼灯に、白澤はその微笑みに微かな寂しさを彩らせた。
     「別に僕はいいけどさー。でも、優しい優しいお前の主人は気に病むんじゃないの?」
     ぴくり、鬼灯の耳が反応する。それ以外の全ては凍りつき、こちらを拒んでいる癖に。
     ……それでも、この鬼神はただ一人の己の主にだけは忠実だ。とても解りづらくて解りやすい、彼の唯一無二。
     それを思い、白澤は感情に染められそうな唇を隠すように椅子の背もたれにしなだれた両腕に鼻先を埋めて、瞳だけを細めて笑った。
     「自分の治世の為に、お前が敢えて恐れられるように振る舞って、人の子の頃の恨みなんてありもしないものまででっちあげるなんて、さ」
     優しくて甘いあの初めての亡者は悲しむだろう。心痛めるだろう。
     そう、どこか歌うように綴れば、拒むように凝固していた鬼灯の薄い唇が小さく開かれた。
     「でっち上げではありませんよ。心底憎みました」
     間違うなと、絶対零度に染められた瞳が射抜くような禍々しさを添えて吉兆の印を映し込む。
     それに負けぬ程のしたたかさを秘めて煌めく白澤の眼差しは、知らぬ内に本来の色彩…美しく瞬くような月明かりの乳白色を称え、その瞳孔は細く長く変化していた。
     混じり合う眼差しでそれに気付いた鬼灯が驚いたように目を見開く様に、ぱちり、白澤は瞼を落とし微笑んだ。同時に瞼を落としたまま立ち上がり、危うげもなく少し離れた鬼灯の元に、室内の雑多な品々にぶつかる事もなく歩み寄る。
     それをただ制止する事もせずに鬼灯は眺めていた。……まだ驚きから思考が戻らないのかも知れなかった。
     だから落とされた瞼が細やかに開き、笑むように吊り上がった眦が寂しい眉の下で煌めいても、その指先が自分の眦を撫でるようにくすぐっても、鬼灯は微動たりともしなかった。
     「でもお前は、それを引き摺らないじゃないか」
     まるでその仕草は慰めるようだ。……涙をぬぐい去りあたためるようだ。そう思いながら、それでも濡れない指先を見下ろして、白澤は遣る瀬無く笑む。
     ………誰もが勘繰るように刑罰をあからさまに場を変えて見せびらかした理由は、私怨による理不尽な地獄を数多く作り出した前補佐官の女性を悪者と変えさせない為。そして、自身に向けられる念を絶対的なまでに強化する為、だろうか。
     優しく甘いといっても誰も否定しない閻魔大王を長とする為、その束ねる治世を支える為、どれ程の無理をその肩に背負って敢行してきたのか。……考えるまでもなく普段から彼の抱える仕事の多さを見れば解る。
     それなのに、それでもなお、呵責という言葉すら知らぬような能面の下、泣く事も知らなかったただの人間の童は、今なお涙を知らぬままに己を犠牲とする事に疑問を抱かない。
     ……贄には最適。困った事に、そんな風に思ってしまえる程に、彼の意志は崇高だ。それを表す手段が、少しばかり突飛で手厳しいけれど。
     それでもそれは、あるいは慈悲というべきだろうか。祝福というべきだろうか。……その身すら切り刻み捧げて、望むのは己の栄達ではなく、己に名を与え生きる道を見出させた主が願う美しい治世。
     思い、微かな遣る瀬無さに苦い唇を不器用な笑みに染めて首を傾げて、白澤は戯けてみせた。
     「全部その場で消化して終わらせる。もう恨みでもなんでもなく、あれはただの刑罰だろ。場所が違うだけでさ」
     問い質すよりはただの確認の声音。それは、とても軽く呆気無い程さらりと落ちて消えた。
     ……今まで、大王ですら気付かなかったものだというのに、何故この聡明でありながらも人の情には鈍く理解を示さない神獣がそんなささやかな違いに目を向けたのかと、鬼灯の呼気が一瞬その流れを詰まらせた。それを宥めるようにさらり、白澤の指先が頬を撫でた。…………普段であれば許す筈のないその指先を叩き落とす事も忘れ、鬼灯は静かに呼気を常のそれへと戻して半ば睫毛を伏せる。
     …………そんな過去の自分の意識など、誰も見はしない。ただ今ある結果から推察されるだけだ。故に精々バレているとして前補佐官のイザナミだけだ。……あの館を設計してみせた時に、哀れむような慈悲深い眼差しが自分を見つめて伏せられた事は忘れ難く記憶にこびりついている。
     その頃から態度を軟化させて、彼女は職を退いた事への恨み言も言わなくなったけれど、もしかしたら彼女が何か入れ知恵をしたのだろうか。
     じっと見据えた先のへたくそな笑顔の男は、残念ながら赤子程にも歳の離れた鬼神に自身で気付いたか与えられた情報かを知らせる程初心ではなかった。
     それでもその細められた瞳の中、柔らかく頬を撫でる指先の中、微かに見えるのは……イザナミと同じ、寂し気な慈悲の色。
     「……大差はありません」
     微かに驚いたかに見えた鬼神は、けれどそっと伏せた瞼に全てを覆い隠し、断じた。同時に、そっと白澤の指先を手の甲で拒み、退けさせる。
     その何者も頼りとしないかのような仕草に、ほんの数年にすぎなかっただろう人としての生が彼の中の根底を築いた事を教えるようだ。
     それでも叩き落とすのでも弾き飛ばすのでもなく、遠慮がちに静かに触れたその手の甲は、彼のせめてもの素直さだったのだろうか。
     「………ほんとお前は可愛いげないよ。神獣の僕が忠言してやってるのにさ」
     吉兆の印の自分が言祝げば、少しは彼に幸が降るだろうか。呟く声の端々に微かに祈りを混めて捧げても、その効果の程は知れない。
     むしろそんな真似、バレたならいらない真似をするなと睨むだけでなく、余計な世話だと金棒の一つくらいは飛んでくる事だろうけれど。
     それでも望むなら、与えてやるのに。そんな意識を読み取ったかのように、白い瞼の下、長い漆黒の睫毛が音もなく持ち上がりひたと白澤を見据えた。
     「無用です、そんなもの」
     そうして囀ずるのは、虚勢でも睦言でもない、彼の本音。
     諸行無常、色即是空、無一物。いくつも脳裏に浮かんでは消える、あるがままでしかない目の前の鬼神を彩る言葉を探した。到底、どれも当て嵌まらず、さりとてその通りと思わざるを得ない程、彼は我が道だけを進む。
     ………そんな男の囁くほどに静かに、けれどけして揺らがない声音はただ玲瓏に澄み渡り室内に響いた。
     「私は自分の望むままに振る舞っています」
     それを気遣われる事こそおかしいと告げる唇は怪訝に歪む。微かに注した眉間の影が、彼の無理解を白澤に教えるようだった。
     それに苦笑を落とし、白澤は軽く肩を竦めて見せた。
     「知ってるよ。僕との諍いだって利用してるのもね」
     遥か昔より星の息吹を知るかのように存在し続けた万物を知る神獣。そんな存在を足蹴にし張り合い、それでも縊れる事のない鬼神。
     それは、神という存在の尊さと凶悪さを知っていたなら、どれ程の恐ろしさで認識されるだろうか。
     そうして長い時間をかけて作り上げた絶対的な、恐怖と痛みと懺悔の象徴。
     大切な誰かには麗しく柔らかな場を与え、茨の蔓延る荒れ野に己はたたずむ、そんな姿。
     まるで、砕けた硝子の土の中、真っ赤に咲き誇るたった一輪の花のようだ。微かに痛ましく瞳を揺らめかせれば、小さく落ちた鬼灯の吐息。
     「……嫌なら手折ればいいでしょう」
     その程度の力は有している、のらくら掴み所のない獣を見遣れば、彼は笑っていた。
     ……どこか泣きたそうに眉を垂らし、笑っていた。それは先程までの慈悲を滲ませたものではない、いつもの男の、悔し気で拗ねた、…………寂しい、笑み。
     「出来ない事解って言うから、タチが悪いよ」
     「構いませんよ、別に」
     ずるい、と幼子が囁くような風情で口腔内で綴る神獣に、こてんと首を傾げて不可解そうに鬼神は呟く。
     「閻魔様以外であれば、あなたは唯一私を縊る権利がある」
     呟き、その口元に軽く握った手のひらを添え、微かに考えるように眉を寄せる。
     それをじっと男は見ていた。何を言っているのかがよく解らないと惚けたように、ただじっと。
     「……ああ、違いますね。権利ではなく、許可です」
     言葉を間違えました、と緩く首を振って訂正をした鬼灯の前髪が、その動きに寄り添うようにフルフルと揺れて真っ白な額と、そこから生える人ではなくなった証である角を撫でていた。
     彼の前髪が額だけを覆っていた頃を、白澤は知らない。けれど何故か、今目の前にいる鬼神は、ただの人の子のように見えた。
     「閻魔大王、の?」
     こくりと渇いた喉を潤わすように唾液を嚥下する。あまり意味はなかったのか、喉は干上がったままだった。
     それを知っているわけでもあるまいに、鬼は呆れたように眉を顰めて白澤の言葉を退けた。
     「まさか。あの甘い御仁が許すものですか」
     少し具合が悪いだけでも眉を垂らして心配するようなお人好しだ。部下の生殺与奪の権利など、彼が握る事はない。
     戯れを口にするにももっとマシなものはないのかと、いっそ微かな侮蔑すら感じる鬼灯の冷ややかな眼差しに、こくり、再び白澤の喉が蠢いた。
     「じゃあ」
     「私以外に私の命を左右する許可など出来るとでも?」
     白澤の言葉が続くより早く、無意味な問答を打ち切るように差し出されたのは、甘美というべきか責め苦ととるべきか解らぬ、涼やかな声音。
     ……毒薬か妙薬か判別つかぬその言葉を、瞬きも忘れたまま白澤は脳内で反芻した。
     それは、つまり。その命を自由にする、そんな究極の自由を自分に委ね与えるということ、だろうか。
     泣く子も恐れる閻魔大王の第一補佐官。この地獄の中、その名を聞けば大半の生き物は恐れ戦き身を震わせる、そんな鬼神。
     己の価値をよく知り………己の利用価値を、よく知っていて。
     何よりも己に無頓着でいながら、その身を決して疎かにはしない。敬慕するものに全てを捧げるように日々を生き続ける鬼。
     そうして、そんなにもただ一心に心向けている主の為に、もう二度と働く事が出来なくなる、そんな状況すら甘んじる、と。この愚かな鬼は嘯くのか。
     「…………………………ほんっとーにお前、タチ悪い」
     出来る筈がないと解っている癖に、と唇を拗ねたように引き結んで鬼を睨めば、したり顔の彼はほんの微か、その瞳を細めた。
     あるいは、笑んだのだろうか。解らない、けれど。それでもさらりと流れた前髪の下、伏せられた睫毛はひどく美しくその頬に青い影を落とした。
     「知っています」
     そうなんて事はないように宣い、鬼神はまた巻物に視線を落とした。
     さらさら流れる筆の音に耳を澄ませ、不貞腐れた神獣は顔を顰めたまま、そっと俯いて揺れる鬼神の前髪を梳いてその額を覗かせた。


     微かに顰められた眉。刻まれた眉間のシワ。
     それでも、鬼神は立ち上がらない。指先は弾かれない。

     ホッと無意識に落とした吐息に、神獣は誤摩化すように口笛を綴り名残惜しそうに指先を離す。



     もう触れてはこない指先。それでも、立ち去らない気配。そっと傍らに灯った踞る気配。






     …………それにほんの微か鬼神の唇が弧を描き、神獣が気付くより早く、霧散した。


     

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