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気の向くまま、思うがままの行動記録ですよ。
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    載せ忘れておりましたが。

     支部でとある方への誕生日のお祝いに捧げたものでございますよ〜。






     その日、空は透き通った青色だった。



     気持ちのいい空気に鼻歌を歌いながらアルマはカフェを目指していた。全員が学生スタッフで成り立っているカフェは、学校が終わってから開店だ。考えながら、そう言えば昼間はどうなのだろう、とふと首を傾げる。
     もしかしたら誰か、学生ではない人が働いたりしているのだろうか。考えてみるが、アルマの想像の中ではどうしてもスタッフ達はいつもの面々になってしまう。
     仕方ないかと小さく笑みを落とし、軽い足取りを進める。……あのカフェは、いつだって大好きなみんながいるカフェだ。昼間に来た事はないけれど、それでもその時間帯にたとえ開店していたとしても、アルマが会いたい人達はいない。それではきっと、違うのだ。同じ場所でも、寂しくなってしまう。
     だからアルマはいつもこの時間帯に赴いていた。カフェが始まるより少しだけ早く、カフェの椅子に座って店内を眺めている。それが大好きだった。
     スタッフのみんなが準備をしている姿を眺めながら、いつかの日を夢見ている。………勿論、そんな夢ばかりではなく、勉強もしなくてはいけないし、リハビリだってある。
     それでも願うものがある、それだけでまるで変わってしまうのだから不思議なものだ。思い、ふふ、と少しアレンに似た笑みが唇から漏れて、アルマは楽し気に笑みを深めた。
     カフェのドアに手を掛けて、いつものようにおはよう、と時間から見ると頓珍漢な挨拶を口にしようとした。
     「あれ…みんな、どうしたの?」
     ……が、実際に口をついたのは挨拶ではなくきょとんとした不思議そうな問いかけだった。
     カフェの中、見遣った先にはいつもであれば既に開店準備も終盤に入り、テーブルを拭き始めている筈のリナリーはおらず、茶葉のチェックをしている筈のアレンが何やら花束を抱えて首だけを、ドアに手をかけたまま立ち尽くしているアルマに向けた。
     「あれ、アルマ…ごめん、今手が離せなくて、適当に座ってていいですよ」
     困ったような焦った声にはどこか申し訳なさそうな響きが滲んでいる。多分、相手が出来ない、そう告げたいのだ。つまり、今彼らはアルマに紅茶を差し出すようなゆとりすらないという事だろう。それはとても珍しかった。
     そう短い言葉のやりとりで理解し、アルマは店内を見回した。キッチンの方からは絶え間なく何やら指示だしと器具を取り扱う音がする。多分、神田とリナリーだ。
     二人掛かりで仕込みをしているのだろうか。ぱちりと目を瞬かせ、脳裏に今日のカレンダーを引っ張り出した。が、どれ程考えても今日は何の行事にも被らなかった。
     「うん、大丈夫だよ。何かあったの?」
     自分の事は気にしないでと、いつもの席に足を向けてアレンの邪魔にならないようにしながら彼の動きを眺めていると、カウンターからひょこり、赤毛が揺れて現れた。
     「あったっていうか、なんていうか、って感じさね」
     困ったような口調で言うその顔は、確かに眉を垂らしていて困っているように見えるのに、何故か彼がそうしていても対して困っているようには見えないから不思議だ。
     「???」
     こてんと首を傾げながらどういう事だろうと目を瞬かせると、パタパタとバットやタッパーを取りにきたリナリーが二人の様子に小さく笑いながら言葉を添えた。
     「今日ね、予約があったのよ。誕生日の」
     その言葉に、もう一度パチリと瞬きを落とすと、アルマはパッとその顔に喜色をのぼらせて笑った。
     「そうなんだ!みんなでケーキ食べてワイワイするんだね♪」
     このカフェで行うのであればそう規模は大きくない。けれどそれでも小振りのホールケーキを準備して、店の一角が華やかに明るく笑顔に染まり、喜びの声に満ちる様をアルマは幾度か見てきた。
     このカフェの特性上、そう何度も出来る事ではないし、スケジュール的に断らなくてはいけないケースもあるようだけれど、それでも常連達は仲のいい数人とここで小さな内輪のパーティーをする事を希望する人が多い。……たまに、ケーキは持ち込みでいいから食事だけでも、と頼んでいる人もいるくらいだ。
     それだけここは居心地がいいのだ。そして、何よりも通う客達もまた、このカフェの雰囲気を損なわない人が多い。幸せに過ごしたい一日を出来れば穏便に、心穏やかに満たされたいと思うなら、確かにここに居座りたくなるだろうと苦笑していた学生オーナーの言葉の意味はまだアルマにはよく解らない。けれど、それでもこのカフェで行われるパーティーが嬉しさに満ちている事は知っている。
     どんなケーキを焼くのだろうか。それともどこかに頼んだのか。………もしかしたら、最近仲のいいあのパティスリーに頼んでいるのかもしれない。なんだかんだであのパティスリーの面々も、このカフェの常連なのだ。主にアレンと話をして帰っていってしまうけれど。
     そんな事を思い、そうだとすればきっと美味しいだけでなく綺麗で素敵なケーキが出てくるんだろうと想像すれば、そんな想像を打ち消すかのように、鋭い神田の怒声がキッチンの奥から投げつられた
     「っち!もやし、連絡はまだかっ」
     「ちょっとバ神田?!包丁人に向けないでください!まだですよっ」
     イラッとした神田の声に、ギョッとして焦るアレンの声。どうしたのかと椅子から立ち上がってラビを通り抜け、首だけキッチンを覗かせれば……鬼の形相でフライパンを数個いっぺんに操っている神田がまな板の前の包丁に手を伸ばしながら逆手で火の調整をしていた。………器用を通り越して、奇妙ともいえる程多様な行動が一度に行われていた。
     その隣で神田を窘めながら、それでもリナリーは特別強く言うでもなくその作業のフォローに入り、いつもであれば怒鳴り合いに発展しそうなアレンとのやりとりも舌打ちひとつで終わってしまった。
     それを眺め、きょとんと瞬いた眼差しをラビに向けると、アルマはコテンと倒した首のまま、見たままの疑問を彼にぶつけた。
     「なんかユウ、随分焦ってるね。珍しー」
     見かけに反して料理が得意で器用な神田は、大抵このカフェのキッチンをひとりで切り盛りしても余裕がある。だからこそ他の面々がフロアに集中出来て成り立っているカフェではあるが、逆をいってしまえば神田はフロアの仕事に向かない。………決定的なまでに無愛想で接客が出来ないせいだ。
     それでも十分な働き手として成立している彼が、それでもあんなに焦っている。ちらりと時間を見てみれば、もう開店時刻まで30分を切っている。
     同じように時計を視線で追ったラビは苦笑して、頭を掻きながら布巾を畳んでテーブルを拭き始めた。
     「まあ、そうなんさ」
     呑気な声で答えるラビにはあまり緊迫感はない。こんなだから困っては見えないのだと、出来上がったサラダを冷蔵庫にしまい込みながら、よく解らずに首を傾げたままのアルマにリナリーは言葉を付け足して教えた。
     「ケーキがね、手違いでまだきてないのよ」
     「えっ?!」
     それは由々しき事態だ。ケーキのないパーティーなど聞いた事がないと目を丸めるアルマに、ポケットから携帯電話を取り出して眺めて溜め息を落としたアレンが、それを再び寂し気にポケットにしまいながらこくり、リナリーの言葉に頷いた。
     「昼間にリンクに確認のメールをしたら、明日の予定になっていたみたいで」
     どちらが何を聞き違え、伝え間違えたのかは謎だが、事実としてある事は、パティスリーの予定としては明日、小さなホールケーキを納品するようになっていた。昼休みに送ったメールの返事は即座にかかってきた電話で成され、事が発覚し、打開する為に何をどう分担するかを一緒にお弁当を食べていたカフェスタッフ一同でミーティングしたのは、ほんの数時間前の話だ。
     慌ただしくて午後の授業の記憶は随分欠けているが、そこは後日補完すれば何とかなる。まずは目の前のお客様にどう対応すべきかだ。そう己に言い聞かせながら、きゅっと眉間に力を込めて、アレンはパーティー用のカップを選んでいた。
     そんなアレンの肩を、ラビは軽く叩いて溜め込みがちな息を吐き出させながら、神田の作業の邪魔にならないタイミングを見計らって布巾を濯ぎ、ふらりと戻ってくる。
     そうしてぱちりとひとつ瞬きを落とすと、ラビは焦っていない理由のひとつを教えるようにウインクをしながら人差し指をふって、昼休みのアレンによく似た悲愴な顔で泣き出しそうなアルマに告げる。
     「でもあっちもプロさ。予定と形は変わっちまうかもだけど、間に合わせてくれるらしいさ」
     「……お店忙しいのにリンク達、そういうのは妥協しませんから」
     深い溜め息を落としながらしょんぼりとアレンの背中がまた丸まってしまう。落ち込むなとも気にするなとも勿論言うのは簡単だが、それをアレンが受け入れるかどうかはまったく別の話だ。大丈夫、いつも通りに事は運ぶ、そう笑んでその肩を叩いた昼休み、そのまま貧血でも起こすのではないかと思う程顔面蒼白だった様を思い出す。
     ………如何せん、今回のケーキの発注をしたのはアレンなのだ。電話は苦手だし、元々人前に出る事も、注目を浴びる事も恐れて顔を俯けながら過ごしていたアレンだが、随分とカフェにも慣れて常連のお客様とであれば談笑も出来るようになった。
     それでもあくまでそれらはカフェという特異空間でのみの話で、未だに学校では少しだけ馴染めずにぽつりひとりでいる事も多い。ようやく出来たらしい友人とも、常に一緒というわけではないし、周囲も即座にアレンへの態度を変えるわけではない。
     まだまだ先行きは長い。それをアレン自身も理解しているし、投げ出すような真似もせずに出来る事を必死にこなしている。
     少しずつでも頑張りたいのだと、このカフェを開いてからは微かに震えながら訪れる人の為に差し出し続けた心は、確かな笑顔を実らせて開花し始めた。………そうして、元来努力型のアレンは、一歩ずつ己で必死に進もうと、出来る事に果敢にチャレンジしている。
     この発注の電話も、パティスリーであれば知っている人でそう緊張しないですむ筈と、決死の思いで請け負っていた。それが、久しぶりの大きなミスに繋がったのだ。
     たとえパティスリー側が聞き間違えたとしても、きっとアレンは確認を怠った事、伝わるように伝えられなかった事、己の不備を己で見出し、そうして己を責めてしまうだろう。
     だからあまり切羽詰まった顔は出来ないのだと困ったような苦笑を色濃くしながら、ポンポンと無言のまままたアレンの頭を叩き、ラビはアレンをフロアに導いた。………キッチンに近い場所にいては、神田の鬼気迫る動きに当てられて自身のミスをより一層責めてしまいそうだ。
     神田自身、このパーティーに何らかの齟齬があれば折角のアレンの努力に影が射すと思い、時間に間に合わせる為全ての作業を急ピッチで進めているのだろうが、そのおかげで普段以上に言動が荒く粗雑だ。いつもなら気付きそうなアレンの凹み具合にすら気付かない程作業に没頭しているのだから、リナリーが傍を離れられない。
     仕方なく本当ならば自分以上にこうした場合はアレンを元気づけられるリナリーを神田に差し出し、ラビはラビなりにアレンの気持ちの向上を計っていた。
     ほい、と渡したのはパーティー用の予約席一角を飾る花や吊るし飾り。一介のカフェの、更に慎ましやかなパーティーでは華やかさには欠けるが、その代わり心のこもった空間の提供は、出来る。
     それを知っているのは誰よりもアレンだ、と教えるように差し出したそれらを、アレンはきゅっと引き結んだ唇で受け取り、真っ直ぐに前を睨み据えるように見つめて飾りを抱き締めた。………出来る事は、頑張らなくてはいけない。
     否。…………義務ではないのだ。自分が、与えられて嬉しかったものを、誰かにも知って欲しい。
     思い、アレンは噛み締めかけた唇をゆるゆると力を抜き、泣き笑うような滑稽さでほころばせた。
     何も出来ないちっぽけな自分に与えてくれた数々の幸せ、優しさ、あたたかさ。気付いてくれなくてもいい。解らなくたっていい。ただ、灯るようにそっとその視界の片隅に、静かにたたずむように添えられてくれれば、嬉しい。
     ぱたぱたと予約席に向かい飾り付けを始めたアレンの背中を少し心配そうに眉を垂らして見つめるアルマに、こっそりと近付いたラビは、すっと唇に人差し指を当てながら眉を垂らして笑いながらアルマに教える。
     「で、その代わりあっちに頼んでいたパーティー用の料理はこっちが肩代わりしてるんさ」
     何とかなるにはなると算段がついてはいるけれど、その代わり大分色々なところに負荷がかかり、皺寄せが重なってしまった。
     「………あ、だからユウ忙しいんだ」
     「リナリーが補助入ってギリギリさね。その間に俺らで予約席の準備と開店準備さ~」
     きちんとこのカフェの仕事配分を理解しているアルマは、アレンのように肩を落としてキッチンを見遣る。そんな仕草に首を傾げて戯けるように笑い、ラビは肩を竦めるようにしながら店内を見回し、それ以外のフォローは自分達の仕事と笑みを深めた。
     開店準備はもう大丈夫。あとは予約席の飾り付け。そのあとにクロスや食器を整える。フード類は神田が意地でも間に合わせるだろうし、ケーキはプロが頷いたからにはあちらに任せていいだろう。ドリンク類はアレンが。……けれど少し肩に力が入っているので、ガス抜きをさせてから仕事に入らせなくてはいけないだろう。
     そうしてリナリーの笑顔とともに店が開店すれば、彼女が如才なく采配し、この開店前の時間が嘘のようにいつも通りにカフェは回るだろう。
     とはいえ、それまでのあと20分程が、少しばかり大変な話だ。
     「ラビ、この花しんなりしてます。活け直してください」
     そんなラビの耳に、花を選り分けていたアレンの声が入り込み、真剣なその眼差しににっこりと笑い返した。どんな時でも真剣に物事に向き合う、それはアレンの持つ数多い、彼自身が知らない美徳のひとつだ。
     「はいはい。……てわけで悪いさアルマ、開店までちょっとごたつくからおもてなしできないさ」
     花を受け取りながら水切りをする為に化粧室に向かう為に足を踏み出しながら、軽く手を上げながら首を傾げ、謝罪した。
     それにアルマはぶんと首を振り、気にしないで、とアレンに告げたような明るい声を返す。開店前に押し掛けているのだから、中に入れてもらえるだけでも十分特別待遇である事くらい、アルマとて知っている。
     「いいよ、そんなの。それより、僕も手伝える事ある?何でもやるよ」
     椅子から立ち上がりながら、歩き始めてしまったラビと、飾り付けの為にソファー席に立ち上がっているアレンにアルマは告げた。
     それにふわり、柔らかな笑みを浮かべ、けれどアレンは緩く首を振った。
     「ありがとうございます。でも、アルマがやった事のない仕事ですから」
     「そっかぁ…残念だな」
     しゅんと肩を落としながら、それでもアレンの笑みが随分いつも通りになっている事に少しホッとする。
     何かに集中している分、自分自身を責めないでいいのかもしれない。そういう意味では役割を与えて切り替えさせたラビは、アレンの性格をよく知っている。
     そんな風にもう姿が見えないラビを追うように視線を向けたアルマの耳に、聞き慣れた電子音……アレンの携帯の着信音が触れた。
     即座にアレンもそれに反応し、若干慌てて携帯をポケットから取り出すと通話ボタンを押した。
     「っと、はい、アレンです。はい、はい…そうですね、はい、いえ、流石にそこまでは。そちらも手が足りないじゃないですか。はい、……そうですね、では途中まで。ええ、僕が受け取りに行きますから大丈夫です。いえ、本当にありがとうございました、リンク。はい、ではすぐ向かいます」
     少し早口の焦った声でそんな会話をすると、プチリと通話は終わってしまう。奥から顔を覗かせたラビが、ワイシャツを捲ったまま花を片手に手を拭きながらフロアに声を響かせた。
     「ケーキ出来たさ?」
     「はい、今から受け取りにいきます。神田、五号サイズで出来たそうです。タイプはムース、赤の土台にピンクと白のカボションだそうです。お皿選んで冷やしておいてください!」
     ラビに即座に答えたアレンがソファ席から降りつつ、キッチンにも聞こえるように半ば怒鳴るような声で伝えるべき内容を叫んだ。
     「解った。急げ」
     微かに籠ったキッチンにいる神田の声は、先程よりは随分マシだった。多少目処がついたのかもしれない。それでも、もう時間はギリギリだ。あとは飾り付けだけとはいえ、開店前にある程度の事前チェックも必要だろうし、今アレンが抜けてはタイムロスだ。
     思った瞬間、アルマははいっと手を上げて、アレンに向かって立候補を申し出た。
     「アレン、それ僕行くよ!」
     「はい?」
     「受けとるだけでしょ?なら僕でも平気だよ。お店も、それにスタッフの人も知ってるもん!」
     先程の電話の会話から想像するなら、途中までパティスリーの誰かが運んでくれている筈だ。あそこのスタッフならばアルマとて顔を知っている。ならば行き違う事もないし、ケーキの受け渡しだけならば問題はない。
     ………出来ればあの意地悪なパティシエでないといいな、そんな事を頭の片隅で思いながら、それでもムンッと力を入れてアレンを見つめる。
     「でも」
     どこか躊躇うようにアレンは眉を垂らした。……微かに彼の銀灰が揺れている。その理由をよく知っているアルマは、にっこりと笑って頷いた。
     「平気、今日は調子がいいんだ。ね、いいでしょ?お祝いのお手伝い、させてよ」
     まだ自分はここでは働けない。けれど、嬉しい事は誰かと共有した方がもっとずっと嬉しくなる事は、知っている。
     折角今日、偶然であろうとこのカフェに来て、きっと同じ時間を過ごすのだ。それならば自分にも出来る事を添えさせて欲しい。そう願う優しい大きな瞳に、困ったようにアレンは眉を垂らしたまま……けれど、小さくふうと息を落として微笑んだ。
     「……解りました。アルマに任せますね」
     出来る事が欲しい、と、いつだって頑張る後輩に、ささやかな力添えを願ってみれば、パッとその顔に広がるのは満面の笑み。……誰かを言祝ぐ事が出来るその事を、純粋に喜べるその笑顔がどうしようもなく愛しいと思ってしまう。
     とはいえ、頑張りたがりのアルマには、きちんと節制も必要だ。頑張った結果体調を悪化させたなどいったら、折角の喜びとて半減してしまう。
     それを忘れてはいけないと教えるようにアルマの鼻先に指を突きつけて、精一杯の厳めしい顔つきでアレンはアルマに約束を結ばせる。
     「でも!走ったりとかはなしです。中身はケーキですから、急ぐよりは丁寧に運んでください。これは絶対ですよ?」
     「勿論、解っているよ!どんなケーキか楽しみだね♪……じゃあ行ってきます!」
     大きく頷き、アレンの言葉の意味を表面だけでなくきちんと知っていると教えるように笑って、アルマは大きく手を振るとカフェのドアを開き、店の外へと踊り出した。………駆け出さず、しっかりと歩きながら。
     「気を付けてくださいね!」
     その背中を追うようにアレンが掛けた声に返されたのは、振り返った笑顔。
     それに微笑み返すアレンの隣、生き返るように燐とした花を花瓶に刺しながらラビも染まるように笑んだ。
     「楽しそうさね、アルマも」
     じんわりと綴るようなその声に、振り返り、アレンもその手に飾りのひとつを摘まみ上げ、はい、と謳うようにさえずる。
     「あまりお祝い事に参加した事がないそうですから。ここの誕生日のミニパーティー、凄く嬉しそうに眺めて、人一倍拍手しますからね」
     アルマの過去について、アレンは詳しくは知らない。垣間見るものの中から推察出来る数々の事実はあれど、敢えて詳しく聞き出そうとした事はない。………たとえ今を笑顔で過ごせたとしても、痛烈に身を切り刻む程の痛みに繋がる記憶がある事を、アレンもよく知っていたからだ。
     だから、聞かない。聞き入れる準備はいつとてしてはいるけれど、それはアルマ自身が踏み出し言葉に換えるその時の為だ。知りたいから掘り起こすような真似は、出来ない。
     けれど、今そこにいるアルマについてであれば、知っている事はある。だからこそ自身の知る笑顔を思い、努力家の無邪気な後輩の歩みを支えるようにそっと寄り添っていた。
     そんな、自分達から見ればどちらもが危なっかしく必死に生きる二人の言葉に、ラビは緩く笑んで頷きながら、そっと手の中の花瓶を横のテーブルに置いた。
     「じゃあ今日のお客さんはラッキーさ」
     呟き、カウンターに乗せて置いたクロスを取りに歩む。
     「?何がですか?」
     その背に首を傾げ、アレンはテーブル以外の飾り付けを終え、カップの個数チェックをする為にカウンターに向かう。その間に携帯電話を手繰り、リンクにもケーキの受け取りにアルマが向かった事を知らせた。これで誰が向かったとしても、アルマが気付かれない事はないだろう。
     そうして自然ラビを追う形となりその背の後ろにやってきたアレンを、にんまりと笑んで振り返ったラビが、こそっと間近にたたずむその耳に内緒話のようにひっそりと囁きを落とす。
     「少なくとも店内に一人、見ず知らずでも心から祝ってくれる奴がいるって、凄い事さぁ?」
     しかもそれがスタッフでもなんでもない、そんな人からの心からの祝福。
     身近な誰かの祝いの言葉は世の中に溢れている。けれど見知らぬ誰かにも捧げる祈りは、そう多くはないのだ。そう楽し気に翡翠を細めて笑うラビは、随分と機嫌が良さそうに見えた。
     「……確かに、そうですね」
     そっと睫毛を伏せて、脳裏に浮かべたのは、いつだかのささやかなパーティー。
     初めは自分ひとりの為の祝福などある筈もなく。次いで与えられた安らぎの時間の中、戸惑いと躊躇いが大きくて困惑を浮かべては抱き締められていた。
     ………喪ったあとに授けられた優しい輪の中での時間は、幸せである事が許されるのか問うような痛みとともに、静かなぬくもりで心を満たしてくれた。
     誰もが、傍らの人に笑顔を贈る。それはとても自然な事なのかもしれない。……けれど、初めにそれを贈る時、決して当たり前ではなく他人同士であった筈なのに、向けられた笑顔には笑顔が返される、それが許された時間がある。
     「僕も、みんなにお祝いされた時は照れ臭かったけど、本当に嬉しかったです」
     祝う喜びを、祝われる喜びを、感受する事が許される、ささやかな時間。
     ………どんなに呪われた身であっても、差し出される指先を抱き締めて感謝を返せる日。
     微かに伏せられた睫毛の奥、揺らめきながら銀灰はゆったりと笑むように細まり、そっと手袋に覆われた左手を包むように抱き締めた。それは…どこか、祈りの仕草に似ている。
     一瞬、それに顔を顰めかけたラビは、けれどすぐにヘラリと笑い、手にしたクロスでアレンの額を小突きながらくつり、喉奥で笑うように囁いた。
     「アルマの時は泣き出しちゃったしな~」
     「ふふ、そうでしたね」
     サプライズで行った少しだけ早い誕生日パーティー。ズゥ爺の許可を貰って催されたその日、まさかそんな事があるなど思いもしなかった彼は惚けたように目を丸めたまま、ポロポロと涙を零してばかりいた。
     その意味を、噛み締める。…………微かな痛みと苦味とともに、抱き締めながら。
     ………そんな二人の後ろで、グワンッ!!!と空恐ろしい轟音ともいうべき堅固な何かがぶつかり合う音が響いた。
     「テメーら、何無駄口叩いてやがる!やる事終わったなら食い物運びやがれ!!」
     「ちょ、ユウ、顔怖い!お客さんきたらどうするさ!?」
     「笑顔のひとつも出来ないから接客任せられない人が偉そうにしないでくださいっ?!」
     驚きに条件反射で身構えて振り返った二人の眼前、どこから持ち出したのか、竹刀を片手に鬼の形相で暗雲を背負う神田が仁王立ちしていた。
     はっと気付いてみれば、確かに彼が怒りを示しても許されるくらい、時間は押し迫っている。もうテーブルに料理を並べ、アルマの帰りを待つばかりとしなくてはいけない時間だ。
     とはいえ、この凶悪な仁王像を前に素直に頷けば頭から喰らわれても文句を言うなといわれそうな殺気がある。つい反論するように口をついたいつもの軽口に、二人は互いにじりじりと神田から一歩遠ざかりながら、やるべき仕事に戻る為に足先をずらす。
     「極楽兎と食うしか能のねぇテメーがいうなっ」
     「神田、喧嘩しないの!ほら、そろそろオーブン見ないとっ」
     そんな二人に再び竹刀が轟音を奮うかと思われたが、神田の声に被さるようにして慌てたリナリーの声が割って入り、仁王像は不動明王に変化するかのように更に顔を顰めて背を翻した。
     「っち!そこの皿は出来上がりだ。さっさと並べておけ」
     それでも地を這うような低音でしっかり仕事だけは置いていった神田の示した先、冷めても味の落ちないパーティー用の料理が彩りよく並べられた大皿が二つ、並べられている。
     「お、うまそ~♪これならいっそメニュー増やしても良さそうさ」
     見事なその出来映えにラビが口笛を吹きながら呟けば、皿を取り上げたアレンが苦笑した。
     「流石に回りませんよ、今のままじゃ」
     今現在ではたまに行うパーティーですら人数制限があり、パティスリーの面々にも協力を仰いでいるくらいだ。これ以上仕事を増やしてしまえば、従来のカフェの提供が難しくなるという本末転倒に陥りかねない。
     そう残念そうに告げるアレンに頷き、ラビは楽し気に翡翠を煌めかせ、カフェのドアを見遣る。
     「そうさね~、それはまあ」
     町並みが広がる、ガラス製のドア。そこをくぐり、そしてここに戻る為に歩いていった背中を探すように、ゆらり、翡翠が彷徨う。
     そうして、ほんの微か、そのきざはしを捕らえた翡翠は、嬉し気に細まり、笑った。
     「アルマが増えた時の、お楽しみさね」
     そう軽やかなウインクとともに学生オーナーは囁いて、ふわり、たゆたうように真っ白なテーブルクロスを空中に広げて寸分の狂いなく美しくテーブルに敷いた。
     いつの日かのお楽しみと楽し気に笑うその口元と同じ笑みをアレンもまた浮かべ、手にした皿を真っ白なクロスに乗せた。






     急がなきゃ、でも、走っちゃいけない。走っちゃおうか、でもケーキが崩れたら台無しだ。
     幾度も同じ事を考えながら駆け出したい足を必死に押さえて、ちゃんと真っ直ぐ持ったケーキの箱を慎重に運ぶ。
     あと少し、もうカフェのドアが見える。ああ走りたい!走れる程元気な日は少ないけれど、それでも今日はきっと大丈夫なのに。
     それでも一歩一歩間違いなく歩んでいく。
     箱の中の愛らしいハートのケーキ。誰が食べるのだろうか。どんな味なのだろう。解らないけれど、これを食べる人が笑ってくれるといい。
     そうしたなら、同じカフェの片隅で、ミルクティを飲みながら自分もこっそり笑って拍手を贈るのだ。


     ハッピーバースデー、そう伝える事も伝えてもらえる事も、こんなに嬉しい。


     そう零れる笑みを押さえられずにケーキを片手にカフェのドアに手を伸ばした。
     ここをくぐればきっとパーティーの準備が出来ている。あとは主役のこのケーキと、訪れる筈の誰かを待つだけだ。
     もしも許してもらえたら、自分もスタッフのエプロンを身に着けてしまおうか。そうしたなら思いきり拍手を贈っておめでとうと言えるのに。

     ワクワクしながら、ドアを開ける。


     迎えてくれたカフェのみんな。差し出したケーキにほころぶ笑顔。

     あと少しで予約のお客様がいらっしゃる、そんな声が聞こえて、ギュッと握り締めた手のひらでアレンの袖を摘んで引いた。
     こてんと倒れたその面差しを必死に見上げる自分の顔が、綺麗な銀灰に映っていた。



     ……………そうして、そこに映る自分が、ゆっくりと口を開いた。
     ささやかで、ちっぽけで、願うというには少しばかりずれた言葉を綴って贈る。

     目の前で銀灰は少し困って揺れて、悩むように眉を垂らし、ちらり、店のオーナーを見遣る。




     その先にある屈託のない笑顔にオーナーの答えを知って、仕方がなさそうな吐息とともに、スタッフルームへ導く手のひらが差し出された。






     

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