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気の向くまま、思うがままの行動記録ですよ。
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    忘れていたけれど。

    リク募集でいただいた、カフェ物語にディック出現!のお話書き終わりました。昨日。
    支部にアップして寝たよ、眠くて………
    で。
    今回のお話は、カフェ物語の中では少々異質…かも?一応ラビアレ風味、となっています。が、まあ、このシリーズ普通にみんなアレンの事大好きだから違和感が仕事をしてくれないよね☆

    ディックをずっと出さなかったので、ディックが出るとアレンの取り合いが発生するからです。うん、ラビと。当然のごとく。
    そしてそれを絡めてのお話を、以前言っていたようにD灰オンリーに参加するようなら本にしようかな〜と思っていたわけです。まあ不参加なので永遠に出さない事が決定しましたが。
    でも折角のネタだし、カプ的部分を削除して上手い事つじつま併せしていけば、なんとか使えないかしら、とチャレンジ。
    でもカフェ物語は基本1話完結。駄目でも3部構成で終了を目指しているので、長編予定だったこのお話は色々端折りながらメインをぼかしつつ周りから固めていく進め方の1話完結編になっていくと思いますよ。
    うん、早い話が今回の話はあくまで導入編です。ディックが帰ってきやがった!という事さえ伝わればそれでいい。

    そんな序章でございます。どぞ。





     まだ扉に掛かる看板はクローズ。しかし気にも掛けずに赤毛を揺らし、青年はドアを押した。
     テーブルを拭いていた少女がそれに気付いて顔をあげて……青年と目が合い、仕方なさそうに笑った。
     それに青年はへらりと笑い、軽く手を上げた。ついでとばかりに少女が看板をオープンに変えるように声を掛ける。調度テーベルが拭き終わったところだ。
     「はよー、今日俺お客様でよろしくさ~」
     少女の指示に苦笑しながら看板を裏返し、青年は言った。すかさず珈琲をオーダーする事も忘れない。
     その声に気付いたのだろう、キッチンにいたらしい黒髪の青年が眉を顰めて顔を覗かせた。
     「テメーは毎度毎度、ここ以外に暇潰せねぇのか」
     舌打ちでもしていそうな相手の声と表情に、青年は情けなく眉を垂らして席につく。相変わらずの剣幕だが、これで昔に比べれば随分丸くなったものだと思う。
     ちらりとフォローを期待して少女を見遣ってみたが、彼女は布巾片手に腰に手を遣り、軽い溜め息をついている。……まったくこちらを見ない事に、嫌な予感がわいた。
     「あら神田。当たり前じゃない、ラビよ?」
     「……二人とも、本人目の前って解ってる?」
     一応挙手をして二人の視線の間に割り込み、青年が主張した。が、少女はポンと手を叩いて、思い出したと神田と話を進めた。まったくこちらを顧みていない辺り、普段からの関係性がよく解る。
     「そうだ、さっきの話。アレンくん、少し遅れるの。神田にも伝えてって」
     「あれ、無視?何でここのスタッフはオーナーに厳しいさ?」
     ささやかに割り込む青年をあっさりと無視し、神田は顔を顰めた。
     「なんだ、委員会か?」
     ……お人好しなところのあるあの少年は、たまにクラスメートの代わりに委員会に代理で出ている。
     正当な理由があればいいが、時には面倒だからと押し付けられているのだ。
     今回もそうならば、またこっそりとその相手を絞めなくてはならないだろう。当然それに加わるだろうラビの、無視しないで欲しいさ、などと言っている間抜けな顔をギロリと睨み据えながら神田はプランを練った。
     そんな物騒な事を考えている神田の思考は読めている少女は、困ったように笑って首を振った。もしそんな事態なら、彼らが動く前に、まず真っ先に自分が告げられた時点で走っている。この健脚は伊達ではないのだ。先に帰った人間の一人や二人、追いついて連れ帰って来れる。
     「違くて、ティムが調子悪そうだから一度様子を見てから来るって」
     だからそんなに時間はかからない。そう告げてみれば、つまらそうに息を吐いた神田は、少々の思案のあと、くるりと顔を回し、早速ノートPCを立ち上げている青年を睨んで命令を下した。
     「おいバカ兎、それまでホールに入れ」
     「俺、お客さ?!」
     あっさりと、けれど強制で決定している事態に、慌てて青年が叫んだ。入ったところからかなりぞんざいな扱いだったけれど、更には客扱いすらされないとは。もうちょっとオーナーに優しい環境でも罪はないと訴えたくなる。
     それを窘めるように少女が微笑み、拒否を制するように青年を見遣った。……相変わらずプレッシャーが尋常ではないと、青年はその眼差しを背中に受けながら胸中で溜め息を落とした。
     「開店したばっかなら人は来ないわよ。基本不定期だものね、ここの開店」
     それでも少年は気にする。だからたまたまやってきた青年がいてなんの問題もなかった、そうした体面があればそう気にしないでくれる。
     ……まだまだ、彼は遠慮がちでなかなか我が儘が言えないのだ。
     気にしないでいい事をひどく気に掛けて申し訳なさそうに俯く姿は、出来れば見たくはない。その為なら暇を持て余すオーナーの一人や二人、顎で使っても問題などないのだ。
     そう雄弁に語る二人の態度に小さく息を落とし、甘やかされている少年を思い浮かべながら、青年は唇を尖らせる。
     「……心底よく店が持つもんさ…」
     呆れたように小さく呟けば、耳聡く聞いていたらしい神田が、肩を竦めて鼻で笑った。
     「ディック辺りが手、回してんだろ。どうせ」
     オーナー自身が何を言っているのか。そんな声に片眉を上げた青年が首を傾げた。
     「?それは……」
     「すみません、遅くなりました!」
     青年が呟きかけたところで、ガチャリとドアの開く音と一緒に少年の透き通った声が響いた。フロアからはその姿は見えない。が、今まで響いていたものとは異質の声は、遅れてきた少年のものに間違いなかった。
     息を弾ませたその声がバックで響くと、少女が笑んでカウンターの奥に足を進めた。随分嬉しそうだとその横顔を眺めながら青年は面白気に彼女を見上げ、同じく無表情の中、柔らかく瞳をほころばせている神田に意外なものを見たように瞬きを落とした。
     「あら、アレンくん。大丈夫、まだお客様来てないわ」
     朗らかな声で言う少女の背中を見ながら、青年はささやかに挙手をして、先程から繰り返しているアピールをした。
     「リナリー、俺、客……」
     「でも開店準備大変じゃないですか。すみませんでした」
     「そう思うならさっさと入れ」
     「言われなくてもそうしますっ」
     が、流れるような会話に黙殺されてしまった。むしろ気付かれもしなかったかもしれない。
     小さく上げた手をにぎにぎと開閉した青年は、小さく溜め息を落として哀愁を漂わせてしまう。
     「……見事に全員に無視されたさぁ」
     その声が聞こえた訳でもないだろうが、少女がひょこりとカウンターから顔を見せた。
     「あ、ラビ、珈琲どうする?アレンくん来たから、紅茶にする?」
     そう言いながらフランネル片手に首を傾げる様は文句なく愛らしく、青年は先程の哀愁など吹き飛ばして機嫌よくにへらと笑った。
     彼女の淹れた珈琲と少年が淹れる紅茶。男なら迷う事なく選ぶ方は決まっている。
     「いつも通り珈琲でいいさー?」
     「?そう?解ったわ」
     ニコニコと笑いながら手を振るその愛想のよさに、少女は少し訝しげに首を傾げながらネルドリップの準備を始めた。
     ………なんとなく、不思議な気がする。何がどう、ではなく、とても感覚的な問題でだ。
     別にいつもだって珈琲を選ぶ事もあるし、青年は紅茶党なわけではない。ただ、彼は少年の紅茶だけは別格で気に入っていた。
     なんだか、少しおかしい。少女は内心首を傾げながら珈琲豆にお湯を注いだ。
     そんな少女の奥、キッチン側ではようやくギャルソン姿になった少年が現れた。……同時にその襟を後ろから摘まみ、ほとんど力任せに神田が引き寄せた。
     「おいモヤシ」
     「ちょっ、邪魔しないでくだ……あ、美味しい」
     突然喉を絞められた息苦しさに顔を顰めた少年は、文句の為に開いた口の中に何かを押し込められ…怪しむ事もなく素直に咀嚼した。
     同時に幸せそうにほころんだその顔に満足そうに頷いた神田は、珈琲を淹れながらこちらを見ていた少女に声を掛けた。
     「リナ、今日の日替りはモッツァレラと生ハムのパニーニ」
     「ふふ、許可が出たみたいね」
     美味しいものへの素直な賛辞を惜しまない少年が頷いたなら、ここに来る客層は喜んで食べるだろう。
     用は済んだとばかりに少年を解放した神田が、当たり前のように試作分を取りやすい位置に置いておくのも、いつもの事だ。
     それに目を輝かせている少年がペロリと平らげてしまうのもまたいつもの事と、淹れ終えた珈琲を青年に差し出しながら少女は微笑んでいた。
     そんな三人のやり取りを声だけで聞いていた青年は、ゆらゆらと上体を揺らしてキッチンに関心を寄せながら少女に声を掛けた。
     「何それ、美味いん?じゃあ俺もそれほしいさ~」
     「あら、それで足りるの?」
     興味津々の青年がねだるように珈琲を受け取り、フードの追加を頼む。先程からスタッフ達と話をしているけれど、彼の立ち上げたノートPCは放置はされていなかった。……その指先はずっと、目も向けられずに、けれど規則正しくパソコンの上を滑らかに動き、作業を進めていた。
     その様を視野の片隅に納めて相変わらずだと少々畏敬を思いながら問う少女に、青年は屈託なく笑った。


    [newpage]


     「足りなきゃ追加するさ。お、やっときたさ、アレーン♪」
     二人の会話にようやく青年のいる事を知ったのか、ひょこりと顔を覗かせた少年に青年が弾んだ声を掛けた。
     それに相変わらず子供のようだとくすりと小さく笑い、少年が答える。
     「すみませんでした、ずっとバックから声だけ…で……」
     ………筈だった。いつもであれば。
     突然声を萎ませた少年は、唖然としたように青年を見て氷ついてしまっている。
     ぱちりとも瞬く事のない眼差しが、どこか不安に揺れた。それに驚き、青年はノートPCから指先を離して立ち上がり、腕を振って少年の焦点を確かめた。
     「どうしたさ?アレン、顔がビックリって言ってっけど?」
     青年の声に少女も異変に気付き、間近な少年の顔を見つめた。……どこか、怯えて見える。まるで、そう、数年前、出会ったばかりの頃のようだ。
     「あら、本当…ラビ、何したの?」
     それに思い至ったと同時に、少女の可憐な声が氷の冷ややかさを纏った。
     ………その静かな声がどんな恐怖を招くかをよく知る青年は、ひくりと顔を引き攣らせ、慌てたように両手を顔の前で振った。何をしたも何も、こんな会ってすぐに何も出来ない。冤罪もいいところだった。
     「ええ?!俺のせいさ?!なんもしてないしっ」
     必死に言い募り、ついでに精一杯顔も振って無実を訴える。
     実際、まるで心当たりはない。現に少年とて普通に声を掛けようとしてきたのだ。まず喧嘩などの事情はないと考えていい。
     そしてそれを取り除くならば、この少年がこんな態度に出る筈がないのだ。
     だがそんな事は少女とて熟知している。そして、少年が自身を軽んじ他者を慈しむ人間である事も知っている。つまり、なんらかの事情があったとしても、彼の優しさからそれを隠してひとり抱えて傷付いている可能性も否定は出来ない。
     ……ゆらり、少女の足先が明確な意思を持って揺れる。足場を確かめるように爪先で床を叩き始めた。
     押し殺しもしない殺気を感じる。いま彼女と目があったなら、問答無用かもしれない。青年は同世代が持つには異質なまでの気配の鋭さに内心苦笑する。
     そんな風にしていても少女は可憐だ。誰かの為にしか彼女の怒気は発されず、その涙ですら人の為にばかり流れる。
     だから大丈夫。勘違いでしかないのならば、そう面倒にはならない。彼女は基本的にお人好しで優しい人間だ。この、自分に戸惑っているらしい少年と同類の。
     そう見越しながら青年は少年のフォローを待った。勘違いならば彼がきちんと弁解して擁護してくれるに決まっているのだ。
     「あ、いえ…えっと、何でもない、んです、が」
     が、何故か少年の声には快活さがない。取って付けたような擁護は、この場合逆効果だ。……少女の眼差しがすでに猛禽類のそれに類している。
     「?どうしたモヤシ」
     その上、騒がしさに神田もキッチンから出てきてしまった。……まずい。とてもまずい状況だ。
     ちらりと逃走経路を脳裏に浮かべ、更にもうすぐ来るだろう相手のスケジュールも重ねて見据え、このまま遁走すべきかどうかをシュミレーションして……青年はもう少し粘る事に決めた。
     折角ここに来て、しかも目当ての相手にも会えたのに、このままとんぼ返りでは侘しすぎる。そもそも後ろめたさなどないのだから、逃げる意味もない。
     「え、ちょっとアレン、本当にどうしたさ」
     何故か不安げな少年には、極上の笑顔をむけた。………怖がらせない、まずはそこからだ。そうでなくては話もままならない。
     けれど落ち着かせる為に頭を撫でようかと差し出した青年の腕を、少年は反射的に後ずさって拒んだ。
     「……え、アレン?」
     ぱちりと目を瞬かせたその間、記録された少年の画像は、恐怖と怯え、寂寞、そして純然たる、驚きに彩られていた。
     彼自身、何故逃げたのかが解らない、そんな顔だ。
     予想外の反応に青年も一瞬息を飲んだ。随分久しぶりに落とした、それは虚の時間だったと、あとになってから青年は気付いた。が、この時にそんな事を思いはしなかった。……正確には、考える隙を与えられなかった。
     ざっと前髪の先を黒い影が駆け抜けた。無言のままそれを視線で辿れば、美しい曲線を持つ、それは少女の足だった。
     小さな口笛とともにを最小限の動きでそれを避け、青年は然り気無く立ち位置をずらし、三人に対して死角がないように身をずらす。……その所作に、微かに神田の眼差しが据わった気がした。
     「………やっぱりアレンくんに何かしたんでしょ、ラビ!白状なさいっ」
     続いて打ち込まれた掌底。少女に怪我がないようにそっと軌道をずらして避け、青年は一歩後ずさった。
     「え?え?えー?!」
     理由が解らないと困ったように首を傾げながら青年はステップを踏む。それを追う少女の踵は的確で、寸分の狂いもなく青年の鳩尾を追っていた。相変わらず、そうと定めたなら容赦がない。流れるような連動した技は舞うように美しく彼女の髪やエプロンを中空で回転させるが、それらを怒濤の勢いで打ち込まれる方としてはたまったものではない。
     しかも場所はカフェだ。テーブルも椅子もある。そっと場所をずらしたのでノートPCがお釈迦になる事はないが、障害物が多すぎる。
     のらりくらり柔らかく身体を揺らして少女の突きも蹴りも流していたが、流石にそれもそろそろ面倒臭い。
     端から見たならまるで踊っているような二人だが、残念ながら椅子やテーブルの犠牲を差し引いてなお、二人の気配がそれを裏切っている。鋭く鮮やかに澄んだ少女の眼差しと、それを受けて楽し気に眇められた青年の眼差し。
     ……そのどちらの気配も見据えて溜め息を落とした神田は、手にしていたジャガイモを青年に向けて遠慮なく投げつけた。
     青年が咄嗟にそれを受け取った瞬間、少女が間合いを詰め、青年の腕を捕えた。やられたと、青年はクツリと笑う。一度も神田を見ていなかったというのに、あのタイミングで援護が来ると解っていたかのように、少女は蹴り上げるかのようなフェイントを入れた足先を、踏み込みに使って打撃ではなく搦め手に変更させた。
     遊びで相手をするには少々難易度の高いコンビだ。ますます腕を上げたらしい二人に青年はにっこりと笑った。
     その笑みを忌々し気に見遣った神田は、盛大な舌打ちを落としたあと、足音もなく滑るように歩を進める。
     「モヤシが逃げるくらいだ。覚悟はいいな、ボケ兎」
     その上、彼は少女にも反撃の隙を探っていた。蹴倒すには十分な理由が林立している。
     そう静かに呟く神田は、逆に不気味だ。……本気だと肌に迫る気迫だけで知れて、青年は慌てて顔を引き攣らせた。
     「ちょっ、ユウ目がマジ!てかなんで麺棒握りしめてんの!?」
     包丁でないだけマシなのだろうか。だがどちらであっても手練れが使用したなら致死に至るに事足りるのだから、凶器という意味では大差はない。
     それくらいは解っている少年が、ようやく事態を理解してザッと顔を青ざめさせた。
     「二人とも大丈夫ですから落ち着いてください!なんか驚いただけで、本当に自分でも理由が解らないくらいなんですっ!」
     訳が解らないのは本当だ。庇っているのでもなんでもなく、事実なのだ。
     このカフェのスタッフは触れる事も大分慣れた、大事な仲間だ。特にラビは屈託なく笑い構ってくれるから、人見知りな自分でももう怖いと思う事もなくなった。
     ………それなのに何故かまるで知らない誰かを前にしたように身が竦んだ。
     そんな少年の声に、青年に対して油断なく構えたまま踏み込む一歩を見定めていた少女が、床を蹴りあげて叫んだ。
     「いいのよ、アレンくん!そんな風に庇わなくてっ!」
     少女の援護をするように麺棒をヌンチャクのように構えた神田も当たり前のようにテーブルを蹴った。
     「一度痛い目あった方が今後の面倒が減るだろうしな」
     上空からの神田、地を這う少女の蹴り技。両サイドにはカフェのテーブルと椅子が立ちはだかり、少年には青年が絶体絶命にしか見えなかった。
     自分の些細な反応がこんな事態を招くなど想像もしなかった。
     「や、止めてください……っ!?」
     もういっそ間に割って入ろうか。そう覚悟を決めて少年が悲痛な声で叫んだ時、背後から声を掛けられた。


    [newpage]


     「はよー、なんさ、みんな随分殺気立って……」
     キッチンから入り込んだその声は、明らかにスタッフ用の出入口を使用していた。
     響いたそれは、ひどく呑気な声だった。よく見知ったそれに、涙目のまま少年は振り返り、目を丸めてこちらを見ているその肩を掴んで揺すった。
     「大変なんです、ラビ!二人がラビに制裁…って、ラビ?!」
     神田の麺棒を蹴り上げた椅子で受け、少女の蹴りをテーブルに飛んで避けてへらりと笑う青年を指差した少年は、まさにそこにいる筈の人の肩を掴んでいる事実に驚きの声を発した。
     それに即座に反応した少女と神田は自分達が相対している青年を見遣った。……相変わらず、彼は笑っていた。笑っていない冷たい眼差しのまま。
     訳が解らずに二人を見比べてばかりいる少年の頭をラビは軽く撫でる。何があったか経緯は解らないが、結果として今の状況があるならば、想像はつく。
     パニックに陥りそうな少年を落ち着かせるように優しく笑んで首を傾げた青年は、そっと細い少年の肩を押して自分の後ろに誘導し、大きく一歩前に出た。
     その背中越しに同じ顔をした青年を、少年は見た。そうして、やっと納得出来た。
     顔は同じだけれど、目が違う。同じ色をしている筈なのに、テーブルに腰かけて屈託なく笑う彼は、どこか底冷えのする眼差しだった。
     神田もリナリーも呆気にとられている。その三人の隙間を縫うようにラビが更に歩を進めた。
     「で?お前いつ帰国したんさ?」
     ……声が低い。怒っているようにも響く音に、少年は目を瞬かせた。
     いつもへらへら笑って緊張感に欠けているのがラビだ。それはちょっとやそっとの事では彼にとって騒ぐに値しない、些事だからだ。
     今を持ってしても彼が…否、彼ら家族が何者かを少年だけでなく神田もリナリーも知らない。そんな秘匿に包まれた人だ。
     そんな人の、ふざけたり遊んだりしていない感情の発露は、嫌が応にも少年を緊張させた。
     それに気付いたらしいもう一人のラビが、楽しそうに目を細め、少年に手を振る。……即座にラビがそれを射殺すように睨んで割って入った。
     くすくすとそれにも笑い、楽し気に可愛らしく首を傾げて戯けた青年は、ラビの苛立った眼差しを見つめながらその質問に答えた。
     「ん?つい一時間前、さ?」
     「へぇ…ジジイはなんも言ってなかったけど?」
     「そりゃ秘密だからな。あとで顔見せに行くさ♪」
     「てかな、ここには来んなっつったさ!アレン近付いちゃダメ!それ危険物だから!」
     自分の背後に隠した少年が、まるで確かめるかのように顔を出して相手を見遣るのに、つい叱るような声を出してしまう。
     ……余裕がない。そう思い、神田とリナリーは目配せだけで情報を整理した。否。整理ではない。確認であり、確定だ。
     そんな二人程情報を持っていないアレンは、目を瞬かせながら必死になって状況を把握しようとみんなの顔を交互に眺めている。
     「ラ、ラビが…二人?」
     学生でありながらカフェを開業する破天荒な人物だが、いくらなんでも分裂はしない。けれどそれなのにそこには確かに同じ顔がある。けれど決して同じ人物では有り得ない眼差しで自分を見ていた。………正直、許容量オーバーな現実だ。
     そんな目を回す少年を、興味深く眺めている青年の頬すれすれの位置に、麺棒が出現した。……神田だ。
     「テメェ……ディックか」
     囁くよりは地を這う怒気に程近い声だった。
     立ち上がったリナリーもまた、言葉こそ発さないが、彼と同じ状態である事は視野に入れなくても気配で十分知れた。
     そんな二人に、ディックと言われた青年は屈託なく笑い、首を傾げて戯けた。
     「気付くの遅いな、神田。鈍くなったさ?」
     「ほざけ!」
     返事と同時にディックがテーブルから身を翻した。……先程までディックがいたテーブルと麺棒がぶつかり合う鈍い音が店内に響き、思わずアレンは身震いした。
     本気だ。神田は剣道をたしなみ体術にも秀でている為、自身の力の危険性を熟知している。普段アレンと喧嘩をしても、けして相手が怪我を負わないように配慮してくれているくらいだ。
     「ちょっ、神田!ラビの身内に手を出しちゃダメですよっ」
     その神田が本気で打ち込み、しかもそれを笑いながら余裕の態でディックは避けている。手など先程呑気に話していた時にポケットに突っ込んだままだ。
     相手が相応の手合いである事は一目瞭然だ。が、だからといって本気の試合をしていい理由にはならない。ましてや相手は明らかに外見情報だけであってもラビの近親者で間違いない。
     そう叫んで止めに入ろうとするアレンを制し、ラビは力強く踏み込むと、神田の加勢をすべく床を蹴った。
     「殺る気でいくさ、ユウ!」
     「ラビ?!落ち着いてっ?!?」
     止めに入るアレンをにっこりと笑ったリナリーがしっかりとその手を掴んで留め、暫しカフェは人の入り込む余地のない空間に変わった……………


    [newpage]


     それから十分後。各々椅子に座り、仁王立ちをするアレンの前にたたずんでいた。
     あのあと喉が痛い程に制止をかけたにも関わらず、暴れる事を止めなかった馬鹿な男達は、全員痛む頭を抱えていた。
     神田は不機嫌にテーブルに肘を突きそっぽを向き、ラビは痛いとぼやきながら怒っているらしいアレンの様子をビクビクしながら窺っていた。
     そんな二人に鮮やかに拳を決めた細身で小柄な少年の慣れた仕草に見惚れていた隙に、彼ら同様に殴られたディックは一人椅子を離れて座らされていた。
     ……隣に座ったラビが拒否をしたせいだが、追い出される事を想定していたディックとしては、嫌々ながらも許可したラビとアレンの関係も興味深い。神田やリナリーもアレンに反論する事なく同席を了承したのだから、尚更だ。
     「……で、一先ず説明を求めます」
     優美な眉をキュッと吊り上げていう少年は、なかなか面白い。整った顔立ちをしているけれど、それを両断するかのように赤い傷が走っている。にも拘らず、彼はそれを隠す素振りがない。同様に透き通った白髪も人の目を引くだろに、それはそのまま自然に揺れているだけだった。
     外見だけでも興味を引かれる対象だ。が、それ以上にその存在がディックには気にかかった。
     「アレンくん、ディックの事は知らなかったっけ?」
     気遣うようなリナリーの声。ピリリとこちらに向けられている意識は、明らかにあの少年に興味をもつ自分を牽制している。
     顔を逸らしたままの神田も同じだ。少しでもおかしな行動をしたなら今度は遠慮なく包丁が飛んでくるだろう。
     そんな彼らには気付かないのか、気付かないふりをしているのか、少年は肩を竦めて困ったように言った。
     「話は聞いていますよ。留学中だって」
     けれどそれ以上は何も知らない。敢えて問い質さなかった事もあるが、なんとなくラビの家族に関する情報はタブーな面がある。
     彼の祖父は飄々とした面白い人だけれど、反面、定めた境界線を踏み込む事も踏み込ませる事もない。
     だからこそアレンは込み入った事情を知りたいとは言わなかったし、それはそのままでいいと思っている。何かを抱えているのはお互い様だからだ。
     そんなアレンの素振りに、ディックは呆れたように眉を上げ、隣のラビを足先で軽く蹴った。
     「……ラビ、お前どれだけ適当な説明してんさ」
     「実情言えるかっ」
     ひっそりと交わしあったアイコンタクトのみの会話は、当然他の誰にも解りはしなかった。
     顎に手をやり少し悩むように思い出していたアレンは、ちらりとラビそっくりで、けれどまるで違うディックを視線だけで見つめ、にっこり笑いかけたその笑顔に苦笑を浮かべて軽く首を傾げてみせた。
     「あと、アルマが会ってみたいと言うと神田が不機嫌になるので、かなり癖がある人だろうな、と思いました」
     このひと騒動でかなり理由が解りました。そう微笑んで言う笑顔は、極上のビスクドールに見える程整っているのに……何故か悪寒を感じてディックは引き攣った笑みをなんとか頬に貼付けた。
     これは、怒っているようだ。言われなくても流石に解る。
     それを敏感に察したラビがガタンッと椅子から立ち上がり、ディックを指差して物凄い剣幕で自分達を見下ろしているアレンに迫った。
     「正解さ、アレン!だからこいつには関わらんで?!な!?!」
     約束っ!と必死に言い募る様は子供のようだ。まるで稚拙な言葉の乱立で、説得力など欠片もない。
     それを呆れて眺めながら、頭の後ろで手を組んだディックは、行儀悪く椅子に片足を乗せて鼻で笑うようにラビを見遣った。
     「お前、仮にも兄貴に対して態度なってないさぁ?」
     この店の手配や準備、誰がしたと思ってるのか。そう暗に示す声に、苦虫を潰したように顔を顰め、ラビが睨み下ろした。
     自分の企画を知らぬ内に盗んで、条件に合う建物を勝手に買収し、その上こちらがその交渉をしようとするのを阻むように面倒な案件を押し付けておきながら、言うに事欠き貸し扱いか。
     確かに彼がやった手際の良さも、その後のこの店の、自分達一族に関わる事への危険性の希薄さも、彼が何らかの手を回した事は解っているが、そうであったとしても、それと同じ事を自分とて行えるのだ。
     貸しにするような事ではないし、それが彼流の、自身は世界を巡る事を選び、滅多に会う事の出来ないこの地に留まる事を望んだ弟への餞別である事だって、解っている。
     「ほー、じゃあお前は俺がお前を歓迎する要素があると?」
     それでもイライラと噛み付く声を紡ぐのが悪いとは思わない。思ってはたまらない。こちらが弱味を見せればそこを喜んで突いてくる人間である事は、生まれてから片時も離れる事無く育った自分が一番よく知っているのだ。
     そうして睨む自分に、ディックはニヤリと楽し気に唇で弧を描いた。
     「ないな」
     「即答さっ」
     こういう奴だからと叫び指差すラビは若干涙目だ。それが本心からか演技かは横に置き、アレンは子供のようなやり取りをする、おそらくは世界でも屈指の頭脳を持つ筈の二人を眺め、溜め息を落とした。
     何故一介の学生に過ぎない自分が頭痛を覚えるのだろうか。そんな自分にリナリーだけが心配そうな眼差しを向けてくれていて、涙が出そうだった。
     「で、結局…ディック?は何しにここに来たんですか?」
     最早そこから話を始めるしかないのか。結局ラビの兄である、その事実以外は告げられる事はなさそうだと判じたアレンは、わざわざラビの真似をしてまで勝手に入り込んできたディックの、その意図を問いかけた。
     それに、ディックは目を輝かせた。………喜びというよりは、悪戯心を込めて。
     「ん?そりゃ勿論……」
     ぱっと差し出された腕が、リナリーに向かう……ならばきっと誰も不思議には思わなかった。否、正確ではない。アレンならば不思議には思わなかった。
     が、他の三人の予感通り、立ち上がったディックの手のひらはアレンに向かい、痛む頭を抑えていたその手をとって、口吻けるように指先を絡めて引き寄せた。
     あんまりの扱いに、ひくりと喉から空気の漏れる音を零して、アレンが硬直した。
     「アレンに会う為さー♪」
     そんなアレンに構う事無く囁かれた明るい笑顔とその宣言に、カフェの空気が凍りついた。同時に氷点下まで機嫌が急降下した気配も生まれた。
     同時に、アレンは痛感する。暫くはきっと賑やかだ。
     ……まずは店を壊させないこと。そこから躾ないといけないらしい面々を見据え、ラビの祖父にも助力を願う事を決めた。
     「リナリー…なんでディックにみんな厳しいんですか……」
     「うーん、そういう人間だから、かな」
     そう答えたリナリーの目は、笑っていなかった。
     ……道程の険しさを思い知りながら、アレンは自分を庇う少女に断りを入れ、見事な異種格闘技戦にもつれ込んだ三人に立ちはだかった。



     ……まだまだ、それは始まりの序章だったけれど。
     

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