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気の向くまま、思うがままの行動記録ですよ。
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    ネタバレ小説。

    既に暑さにへばって昼間に書く事は放棄しました。
    そして今書き終わったけど推敲する事を放棄しましたよ(オイ)
    そんな感じの、誤字脱字満載であろう206夜ネタバレ小説です☆

     だけど、いつもと違って今回は、205夜の方舟に入り込んでそのあとの、方舟の中での回顧です。

    アレンに取って、マナの仮面を被る事の意味を、少し考えました。
    それは寂しい事なのか、悲しい事なのか、悪い事なのか、正直解らないけれど。
    あのボロボロで壊れてしまっていたアレンを思うなら、確かにそうした事を考えるけれど。

    でも、子供は、生まれてからずっと、親を、身近にいる大人を模倣して生き方を学ぶ生き物だから。
    あの時リセットされたアレンにとって、マナの仮面を被ったという事は、赤ん坊がひたむきに生きる為に生き方を学ぶ為、親を追いかけ親の真似をし、そうして生きる術を獲得した、そんな証拠でもあるんじゃないかとか。
    そしてそんなアレンの中、確かに根付いているブラックな部分は、確実にマナではなく師匠を模倣した結果だとか!

    そうであってほしいなぁと、思いながら、書きましたよ。

    ネタバレって言う程のネタバレでもないですが、一応方舟が向かった先が記述されているのでご注意くださいませ。




      閉ざしたゲートの先、リナリーの声が響く気がした。それを見つめ、アレンはそっと睫毛を落とす。

     目蓋の裏、浮かぶのは愛しい教団(ホーム)。たったひとつ、自分が帰り着こうと思える場所だ。

     微かに引き結んだ唇に気付いたのか、ティムが頬をすり寄せてきた。それに睫毛を開け、間近過ぎて焦点の合わない金の羽を柔らかく細めた眼差しに映した。

     「方舟に来るのもこれで終わりと思うと、なんだか感慨深いな。そう思わないか、ティム?」

     クスリと、ほんの少しだけ戯けるように呟いて、アレンは歩を進めた。真っ白な建物、数多く存在するドア。

     以前まではいつ誰がここに入り込むかは解らなかった。が、今はもう、誰も入り込まない。奏者であるアレンが全てのゲーを閉ざしてしまった。…………もう、教団がこのノアの遺物を扱う事は出来ないだろう。それだけはほんの少し、申し訳なかった。

     これがあるから、エクソシストや探索部隊の負担が大分減った。救える命が増えた。それは間違いない。それでももう、これは使わない。使わせない。

     ………これは、自分の力ではなく、教団の力でもなく。明らかに、伯爵の……ノアの力だ。自分が自分である為に離れなければならないならば、ノアの力に縋ってはいけない。

     そう見据えた先、唐突に肩に乗っていたティムが眼前に現れてアレンは目を丸めてしまった。

     ガアッと口をパッカリ開けたティムが、何かを訴えている。それを暫く眺めていると、器用なジェスチャーでその伝えたい事を教えてくれた。

     「ははっ、まあ、使えるものは使った方がそりゃ良いけどさ。でも、これは僕の携えるものじゃないからなぁ。仕方ないよ」

     これがあればもっとこの先の旅が楽になる。そう言いたいのだろうティムの仕草に、アレンは困ったように眉を垂らして小さくなったゴーレムの丸い身体を撫でた。

     嬉しそうに指先に擦り寄り、小さな手がぎゅっと握り締めてくる。そのくすぐったい感触に微笑んで、アレンはじっと見上げるティムを見下ろした。

     パクパクと開く唇。キョロキョロと動く眼差しと羽。どうしただろうかと数瞬悩んで、ああと思いついたアレンが、そっと空いた指先で前方を指差した。

     「行き先?は、お前と一緒に旅立った場所だよ。……そう、マザー達の所」

     この先のゲートをそこと繋がらせた。少し歩くけれど、その間に気持ちを落ち着かせればいい。別れる最後に、まさかリナリーと出会うなんて思いもしなかったけれど、それでも伝えられた言葉達のおかげか、心は随分と穏やかだった。

     思い、アレンは微かに俯いた。それでもこの心の中蔓延るものが、何故まだあるのかを、気付いてしまう。

     告げられたから、言葉ではなく眼差しで仕草で、心で、伝え合えたから、独りではないと思えた。一歩を、震える事なく踏み出せた。

     それなのに、まだ残るしこり。…………伝えられないままにいなくなった人をお、脳裏に思い浮かべた。

     そっと、アレンの指先がティムの羽を撫でた。一歩ずつ、近付いていく出口に繋がるゲート。

     そこから視線を落としながら、手のひらに収まったティムを見つめた。何か物言いた気に羽を揺らしたティムは、それでも何も言う事なく、言葉を待ってくれている。

     「正直、僕はさ……お前と初めて会った時の事は覚えてないんだ。ほら、僕、結構ボロボロだっただろ?」

     その優しいいたわりに感謝しながら、ゴーレムというには感情豊かで人間臭いティムに囁きかける。

     初めてティムに出会った時は、多分、師に連れて行かれたその時だ。………マナ、を、壊してしまったあの時だ。

     けれど記憶の中、響くように残されているのは師の言葉ばかりで、映像はほとんどなかった。

     気持ちが悪い程に渦巻いていたのは、自分とマナの記憶ばかりで、打ち消したくて蘇らせたくて、矛盾の中、もがいていた。指先1つ動かせない癖に、意識と精神は激動を繰り返していた事だけは、蘇る吐き気で解ってしまう。

     それを半ば伏せた睫毛の先に見遣りながら、アレンは硬質なティムの肌を撫でた。

     「僕が始まったのは、あの日、マザーに『ウォーカー』を貰った時からなんだ」

     小さく、唇が囁いた。音が零れるのが不思議な程、その唇は微かにしか蠢かない。

     見上げたアレンの顔が、逆光でよく解らなかった。それを嫌ってティムが肩に乗ろうと羽を広げると、それを咎めるようにアレンの指先がティムを包んで押さえ込んでしまう。

     どうしてと見上げた先、顔の見えない優しいアレンが、微笑むように声を落とした。

     「…………なあ、ティム?」

     柔らかい、声だ。優しい、声だ。

     一緒に旅をしていた間、ずっと聞いていた音。もっと前に記録していた頃は、一度として聞いた事のなかった音。

     どちらが正しくこの人の携えるものか、ティムには解らない。解るのはただ、それを掴み身に刻み、そうして生き続けたアレンの、その人生のほとんどの時間を記録し続けたメモリーの蓄積からくる分析結果だけだ。

     けれどそれもまた、正しくはないだろう。

     ………細めた眼差しの先でようやっと見る事の出来たアレンの顔は、目映い程に優しく慈しみ深く微笑んでいたのだから。

     「もしも、もしもでいいんだ。聞いてくれる?」

     そうして囁く声が、僅かな祈りを内包して肌に触れる。そっと、それを記録した。きっと、それを望まれている。

     小さく頷き、ティムは羽をおさめてアレンの手のひらの中に鎮座した。愛しいこの主が望むなら、なんだって自分はする。その為に、ずっと傍にいるのだから。

     そう教えるように、あるいは勇気づけるように、そっと指先を小さな手のひらで撫でた。独りではないのだと教えるその仕草に、アレンは困ったように眉を垂らして微笑んでいる。……きっと、泣きたい衝動を飲み込んで。

     「ん……ありがとう。もしも、お前と僕が離れ離れになる事があるとして、な?」

     ………そうだというのに、何という鈍い主なのだろうか、この少年は。

     一緒にいるのだと、この先、何があろうと自分だけは傍から離れないと、そう誓っているというのに、旅立つその一歩目から、早速別れを想起して話し始めた。

     思わず威嚇するように牙を剥き、鋭い雄叫びで抗議の意志を示しても、罪はない筈だ。そのままいっそ自分を掴む指先に噛み付いて、歯形とともに刻んでやろうかという気が湧いてしまうくらいだ。

     それに勘づいたのか、慌てたアレンが、両手でティムを押さえにかかった。首を振り、宥めるように必死の声でティムに語りかける。

     「わっ、ちょ、怒るなって!?そんな事考えてないからっ!でももしもがあるだろ!?その時、お願いしたいんだよっ」

     置いていく事も、離れる事も、ましてや自我を喪い14番目になる事だって、考えていない。だから怒らないでと言い募る声は、必死だ。

     それに微かに溜飲が下がり、ティムは微かに唸りながらも牙を引っ込めた。

     ほっと少年が安堵したように小さく笑い、仕方のない子供を見つめるように両手で掲げたティムと額を合わせた。

     「………師匠にさ、伝えてくれないかなって」

     震えそうな声が、小さく小さくそっと、呟いた。真っ白なこの空間の中、消え入るのではないかと思うその声に、ティムが柔らかく羽でその髪を撫でた。

     それにくしゃりとアレンの顔が泣き笑う。言葉に詰まりそうなその喉を奮わせて、破顔させるように勢いよく、笑ってみせた。

     「ははっ、お前、師匠の名前に弱いなぁ。まあ師匠が作ったんだから当然か」

     勘違いしたのか、あるいはそう思い込もうとしているのか、アレンがそんな事を言う。今の主は自分なのだと、いい加減自覚してはいないのだろうか。

     そっと間近な白い睫毛を見つめた。その睫毛が、フルリと揺れた。何か音が降る、そう思ったなら響いた、静かな音色。

     「あのね、師匠に、後悔しないでって、伝えてくれないかな」

     …………肌に染みたその音に、彼が自分の主である事を自覚しない理由が、微かに垣間見えた。

     創造主がいる限り、自分の主はその人なのだと、アレンは定めているのか。

     アレンが主となってしなう時は、喪ったその時なのだと、思っているのか。………そんな事はないと、告げてもきっと、彼は首を振るだろう。創造主によく似た、頑固で頑で、一途な人だ。

     仕方なく頷いてみせれば、ふわりとその眼差しが綻んだ気がした。………近過ぎてピントのずれた映像では、そんな些細な違い、解りはしなかったけれど。

     「………ずっとさ、僕がマナの真似をしていた事、気にしていたと思うんだ。お前の中、音声だけ録音したの、あれだってきっとさ、顔……見られたくなくて、だろ?」

     その言葉を初めて聞いた時の事を思い出したのか、くしゃりと泣きかけた眼差しが、すぐに笑みにとって変えられる。無理矢理、笑おうとした仕草。それはどこか、創造主の音を記録した時に似ている気がした。……もっとも、あの百戦錬磨の怪物じみた人はこんなにも、素直にそれを知らしめた事はないけれど。

     色素の薄い唇から零れるように紡がれる音は、静かだった。あの時、打ち拉がれて項垂れていた姿など想像もさせない程に。

     それを、欠片も、その余韻すら余す事なく、記録した。空気の流れさえ彷彿させる程、精密に。

     忘れない。忘れさせない。この子供の潔さ。高潔さ。…………抱える全てを見据える事を必ず選んでしまう、悲しい程の潔癖さ。

     囁きは止まらない。紡がれゆく錦のように鮮やかにそれは織られていった。

     「僕は、これはそんな、悲しみとか不幸の象徴じゃないって、伝えられなかったから」

     あの時に、言い返せればよかった。勝手に勘違いするなと、噛み付いてやればよかった。

     きっと教団の中、自分の仕草が作られたものと知るみんなも、同じ思いだろう。敬語じゃない方がいいと言われ、ありのままでいいのだと窘められた。

     けれどこれは、無理ではない。間違いでもない。己の道は己が歩むあとにしか作られない、それを自覚し、飲み込んだ。それでも自分は、このスタイルを貫いている。

     それが、答えだ。明確に告げろときっとあの師は言うだろうけれど、言葉になど出来る筈もない。それでも、これは擬態ではなく、処世術とも少しだけ違う。

     悩みシワの寄った眉間で固く目を瞑る。脳裏に蠢く数々の情景。痛ましい記憶。………同時に花開く、確かな幸せと充実があった日々。総量を比べたなら、きっと取るに足らない程ちっぽけだったかけがえのない優しい日々。

     …………それを糧とし、その日々こそが人が人として生きるべき道であると信じ求める事は、それほどまでに愚かで痛ましいだろうか。

     誰もが当然のように願い求める、愛しい日々を想起する事と、どれ程の違いがあるというのだろう。…………この身に背負う苦難故に悲しむ人々の中、フィルターにかかって取り落とされてしまったその当たり前の事を、願う自分こそがおかしいのだろうか。

     さわり、羽が触れた。それはまるで手のひらを包むような、そんな仕草で。

     見下ろせば、首を傾げるように見上げるティムと眼差しが交わった。それに、小さく吹き出してしまう。

     「ん?じゃあ何かって言われると、難しいんだけど……前に、ブックマンが教えてくれたんだ」

     不思議そうな眼差しに仕方がなさそうに答えてみれば、何故か千々に乱れた気持ちが和らいだ。………あるいは、それを知っているからこそ、緩和剤となってくれたのだろうか。相変わらずこのゴーレムはどこか人間臭かった。

     「子供はね、親の模倣をするんだって。解る?ティム?」

     耳慣れない言葉を、必死に聞いた日を思い出す。生まれたばかりで何も知らない赤子は、日々…否、数瞬ごとに学び取り込み成長するという。

     一番近くにいる大人を真似る事で獲得されていく言語、仕草、生活様式、あるいは、歩行等の当たり前の行動。

     それを真似る事は、おかしな事ではない。愚かな事でもない。生きる上で不可欠な、真似事だ。そしてそうであるが故に、子は親の鏡となって生き写しのように似た仕草を獲得し、共有される嗜好を得ていく事が多々ある。

     それを理解した事を教えるように、ティムは必死に手足を蠢かし、言葉を知らないが故に身振り手振りでアレンに告げようとする。

     「ははっ、そう、まあお前のジェスチャーもそれに近いかも?………僕はさ、あの時、一度真っ白になっちゃったから」

     一生懸命伝えてくれるゴーレムの羽の付け根を、いたわるようにアレンの指先が撫でた。くすぐったいのか、あるいは気持ちいいのか、まるで猫のように喉を鳴らす仕草を落とし、ティムは羽を伸ばしてアレンの指先に頬を寄せた。

     真っ白だった、かつての子供。色素などではなく、意識も記憶も感覚も、何もかもが抜け落ちたように真っ白だった。

     知っている。覚えている。……全て、記録していた。忘れる筈がない。その全ては、今もまだ自分の中に蓄積しているのだから。

     だから、寂しい。あの時、何も出来なかった。だから、悲しい。あの時、与えるものを携えていなかった。

     もしも傍に行っていたなら、あるいはマナの言葉を記録していたなら。少しは慰めになっただろうか。………そんな事、解る筈もないけれど。

     「そこから、また始めたんだ。生まれ落ちて、師匠に毎日世話になって、その中で、記憶の中のマナの真似をして、必死に育ったんだよ」

     クスクスと、湖面に浮かぶ月が笑んで囁く。

     物を食べるという事も出来なかった。排泄も、己からなどしはしない。本当にあの時の自分は赤ん坊だった。感情の在処も解らず、記憶というモノに侵され、正気と狂気の狭間を行ったり来たりしていた。………今ならば、マナが何故壊れてしまったのか、解る気がした。

     師匠が、たった一言告げてくれた、。マナの言葉。それを指針に、記憶の海にまた、落ちていった。探した。自分があの人を愛した証。愛された証。与えてくれたもの、受け取ったもの。自分が忘れる事なく刻んだ全て。

     ………もしかしたらあの人は、それをこそ、悔いているかもしれない。

     その言葉を糧に、自分が定めて全てが、あの人には痛かったかもしれない。

     だから、飲み込み続けるつもりだった言葉を、ティムの中、落としてみる。いつか、自分がそれを告げられればいい。それでも、それが叶わない時は、ティムが与えてくれればいい。

     何一つ、悔いる事も恥じる事もない、自分という意思とその歩みを。

     「………これはね、そりゃ、僕の生まれ持ったものじゃないし、似合いもしないくらい、僕自身は悪ガキかもしれないけど」

     素っ気なくて口が悪く、素行だってよくはない、可愛げの欠片もなかった捻くれた子供だった自分。

     そんな自分がこんな柔らかな物腰で話す事も微笑む事も、考えた事はなかった。

     「僕が愛した人が、僕を愛してくれた、証なんだ。それが見当違いの思い込みだなんて、師匠にだって言わせない」

     突っぱねて我が侭を言って、それでもマナの腕を掴んで放さなかった幼い自分。それを受け取ってくれて、受け入れてくれて、たまにやっぱり間違えて犬を思い出しながら、それでも自分の名を呼んでくれた。

     だから、忘れなかった。マナがくれたもの、マナの仕草。言葉の1つだって、余す事なく自分の中、糧として育んだ。

     声に宿るふてぶてしさに、ティムが首を傾げた。それに笑い、アレンは手の中のティムの頬を指先で撫でた。

     「だって、ティム。お前だって知らないだろうけど、マナはね、僕をちゃんと知ってくれていたんだよ」

     犬じゃなくて、僕を。赤腕でさえない、僕という個を。

     そう告げるアレンの瞳に浮かぶ月が、煌めいていた。音声の記録ではなく映像の記録にしたい、そんな事を考えてしまうくらい、幼く明るくその眼差しが澄み渡る。

     「だから、僕はマナを親だと思って、ずっと呼べなかった父さんって言葉を、言えたんだ」

     一度だって言わなかったのに、最後の最後、喪ったそのあとに、この腕が彼を壊すその直前に。

     誰が、自分を犬と思い連れ歩く壊れた男を、親と呼ぶだろう。可愛がってくれた、自分を見てくれた。時折また壊れてしまうその時は、確かに自分は彼の愛犬と同じ眼差しで見られていたけれど、それだけでなかった事を、自分が一番よく知っている。

     否、自分だけでは、ない。思い、アレンは泣きたい程に嬉しい気持ちで、小さくそっと、ティムに告げた。

     「………言ったらね、マナは、愛しているぞって、返してくれた」

     骨となりAKUMAと成り果てて。それでもマナは己の意思で動き言葉を発し、そうして自分に向かって叱り飛ばしてくれた。………愛しているのだと、その証を口にしてくれた。

     自分の中に14番目がいるというならば、それが彼の事かもしれない。それでも、違う。それを、確信する。

     そうでなければ、14番目に飲み込まれようとしたあの時に、何故左目(マナ)が自分を引き戻してくれたというのだろうか。

     ぎゅっと、手のひらを握る。指先に感じた硬質なティムの肌。いたわるように優しく添えられた小さな指先。

     「きっと、マナだってずっと待っていたんだって、今なら思う。僕がマナの中の壊れた何かに泣くばかりだったから、あの子供みたいな人は言えなかっただけでさ」

     眉を垂れて悲しそうに笑っていたマナ。寂しいのかと手のひらを握り締めれば、嬉しいと笑った幼い人。

     笑ってくれる事が嬉しかった。我が侭を言っても怒らずに、窘めながら一緒に歩いてくれる人だった。

     いつだって、その腕を自分の為に空けてくれていた。それが、犬への愛情ではなかったのだと、言う事が烏滸がましいと、誰が言えるのだろう。

     「………ちゃんと、愛してくれた。その証が、今の僕だ」

     マナの背を見つめ、その姿を赤子の頃から追いかけ模倣し、重なるように育った、自分。

     偽りではない。擬態でもない。処世術でもない。……マナと自分が親と子であるという、その当たり前の証。

     そう、自分は信じている。

     「だからティム、師匠にちゃんとこの音声、伝えておいて?………僕が会えれば、殴り合いしてでも言うけど」

     だから、ずっと見守ってくれていた、もう一人の大人も、信じてくれればいい。

     ………仮面だと、言い切らないで。これは自分の一部なのだと、知ってくれればいい。

     「それより先にお前が会うようならさ、伝えておいて。僕は赤腕として生まれたけど、師匠と出会った日に一度、赤腕は死んだんだ」

     壊れかけてボロボロになった。多分それは、かつてマナが味わった状況。

     そんな中、自分は破天荒な師に、拾われた。朽ち果てる筈だった心も意思も身体も、全てを鷲掴んで取り戻させようとする、そんな乱暴で優しい腕に。

     「それで、数ヶ月の間にまた、生まれ落ちて模倣して沢山の事、覚えて」

     痛みと苦痛に狂いそうだった日々の果て、一命を取り留めてもなお、心を病んで思いでの中に閉じこもり、連れて行ってくれる事を待っていた。

     けれど、その迎えは結局、一度だって近付く事はなかった。

     まるで、盟約でも交わしたかのようだ。自分の事なのに、自分など抜きで、顔を合わせた事などないだろう二人が。

     師匠と、マナが。

     思い、アレンはきゅっと唇を噛み締めた。頬が、紅潮しそうだ。あんな幼かった頃の話ではないのに、今もまだ、そんな子供じみた反応を落としそうになるなんて、思いもしなかった。

     「…………マナ、と。……………………師匠の、事」

     声が、震えてしまう。目が、霞んできた。じわじわと全身を這うように込み上げる、歓喜。

     きっと、頬は真っ赤だ。ティムが音だけを記録してくれているだろう事を、感謝したい。こんな顔、誰かに見られたりしたら、恥ずかしくて逃げ出したくなる。

     自分はずっと、あの二人を、どっちも愛していた。形も違う。態度だって違う。それでも、慕う気持ちに変わりはなかった。

     「沢山、真似て。エクソシスト、アレン・ウォーカーが生まれた」

     赤腕として生きて、『アレン』として生きて、そうして今は、アレン・ウォーカートして、生き続けた。その始まりを与えてくれた二人。 

     真似ている事くらい、知っている。大好きだった、大切だった。かけがえのない記憶とぬくもりだった。

     …………それでも、取り間違えないでほしいのだ。

     「それは悲しみでも不幸でもない」

     ふわり、アレンが笑んだ。ピエロをしていたマナよりも拙く、シニカルに笑む師匠よりもずっとあどけなく。

     アレン・ウォーカーは、微笑んだ。

     「生きる為、進む為、僕が僕である為、生まれたんだ」

     そうして綴る、音色。誰に似せる訳でもなく培われた、生きた日々に中で熟成した、その声。

     まだ幼い声だろう。豊かさが足りない、若々しい音色だ。それでもそれは、人をいたわり包む事を知っている、声だ。

     瞬きの出来ないティムは、その瞬間瞬間を切り取る事なくその眼差しで惜しむようにアレンを映し続けた。映像の記録に切り替えたかった。きっと、この姿を喜ぶだろう創造主を思う。

     アレンが望んでいる、それを解っている、けれど。……同じ強さで、知っている。きっと将来、この子がこの時零した全ては宝になるだろう。こっそりとそう言い訳をして、ティムはそっと音声から映像付きの記録に切り替えた。

     不器用に笑んでいるその姿。ボロボロで傷だらけで、痛ましい筈だというのに、満ち足りている。

     愛された事、愛した事、与えられた事、受け取った事、必ず伝わる、最上の微笑み。

     「……………そうして、僕はエクソシストであり続ける為に、また進むよ」

     見上げた真っ白な肌、揺れるその髪。薔薇色に色付き殺す事の出来ない喜びと慈しみと愛おしさを感受している。

     きっと、それは今この時だけ許されている事だ。この先の過酷さを思えば、すぐにでも隠され追いやられてしまう事だろう。

     それをいこうして見つめる事が出来る幸運を、喜ぼう。いつか創造主がこの映像を見て泣き笑う顔も、映して。こっそりと、この子供に見せてあげよう。

     「マナの事は捨てない。忘れない。これはもう、僕の一部だ。子供が親の真似をするのも、似ちゃうのも、おかしな話じゃないだろ?」

     その通りだと頷き、ティムはアレンに頬を寄せる。綺麗に輝く銀灰の瞳を映す。涙を浮かべる程に煌めく星が、美しかった。

     いつか、いつか……全てが終わり再会を果たし、二人がまた、不器用で突っかかり合う、それでも認め合った親子のように寄り添う日が来たら。

     この映像と、それを見た創造主の映像とを映し出して、喚いて殴り合っていがみ合って、それでもお互い真っ赤になって照れている二人を、記録するのだ。

     「………だから、馬鹿師匠に似ちゃったブラックな部分も、きっちり抱えたまんま、ね」

     そっと、嬉しそうに囁く声。それが甘えるように響いている事に、こっそりと笑んでしまう。

     この声を、喜ぶだろう。押し隠そうとして、それでも零れる満更でもない笑みを思い、ティムは羽を揺らしてアレンの髪を梳くように撫でた。

     嬉しそうに目を細める愛らしい子供。成長しても、見守り続けた自分達には、今もまだ幼い子供のままだ。

     「進むよ。名前に恥じないように、進み続ける」

     真っすぐに、自分を見つめる眼差し。心地よいそのひたむきさに、ティムは頷いた。

     幼い子供だ、今もまだ、幼いままだ。それでも同じ程に、頼もしくしなやかに育った子供だ。

     早く、創造主に会いたかった。この映像を見せて、二人がまたあの頃の旅の最中のように噛み付き合って戯れ合って、お互いに世話を焼き合ってボロクソに貶し合って。

     …………何一つ遠慮の欠片もない、マナとは違うその絆を、見つめたい。

     祈るように見つめた先、アレンの視線が揺れた。注がれていた視線がずれた事に、ティムも振り返り道の先を見つめた。

     それに頷くように揺れた白い髪が視界の端で映った。

     「ああ、ティム、残念。時間切れだ」

     呟きが、穏やかに流れる。この方舟に乗り込む直前の、少女に向けた声に似た、真っすぐな音色。

     伸ばされた指先がドアを開けた。そうして入り込んだのは、目映い光。ついで、田園風景というに相応しい片田舎の緑。

     それをアレンは眼差しを細め、愛おしそうに見つめた。

     「…………懐かしい景色、だね……」

     師匠と旅立った日、それはとても綺麗だった小さな世界の光景。

     初めて羊水から汲み取られ息をした赤子のように、全てが新鮮で驚く程に美しかった。

     前を進む、振り返らない大きな背中を、抱えた重い荷物を落とさないように必死になりながら追いかけた。

     深紅の髪が跳ねて揺れる。その様も忘れない。

     たなびく紫煙をあの時初めて見た事も、覚えている。

     

     名前が解らなくて、なんと呼べばいいのか知らなくて、弟子となるならば呼ぶ名は1つなのだろうと、呼んだ。

     

     『師匠!早いです、待って下さいっ』

     

     驚きに目を見開いたのも、きっとあの時が初めてで、そしてそれ以降、ほとんど見なくなった。

     ただ、鮮やかに覚えている。ぶっきらぼうだったその人の、煙草を銜える唇が、ほんの微か満足そうに笑んでいた。

     

     『この速度に慣れろ、馬鹿弟子』

     

     返されたのは背中越しの声。それでも、自分は音を聞き分ける事は得意だったから、解った。

     優しく豊かに響いた音色。

     寄り添うように肌に触れたその音は、確かにずっと、自分を守ってくれていた。

     

     

     こうして、独りきりになる事もなく、向かう先を見出せる程に、ずっと。

     

     

     

     

     確かにあなたは僕を支え、導き、愛しんでくれた。

     

     

     

     ……………不器用極まりない、傍迷惑な、僕のもう一人の、父のような人。

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