来客:キース・グッドマン
今日は早朝の撮影で午前中の仕事が終わり、ジャスティスタワーでいつものトレーニングメニューをこなし、家に帰る途中だった。
折角だから、今日もあのお店で弁当を買っていこう!そして家でジョンとランチを一緒にして、少し遠出の散歩に行きたい!
そう決めて早速いつものお店、ワイルドタイガーに駆け込んで元気よく声を掛けた。
「こんにちは、ワイルド……」
「おう、いらっしゃい。って、どうした?」
私の言葉が止まってしまった事に目を瞬かせ、彼が振り返る。それにも気付かず、私はパァッと満面の笑顔になって、両手を振り上げた。
「今日はカレーだね?!嬉しい!とても嬉しいよ!」
嬉しい、大好きなメニューだ!今までこのお店でカレーを見た事はなかったけれど。初めてかな?初めてだね、きっと!
目を輝かせる私にますます彼は不思議そうに首を傾げ、一体何事かと眉を顰めてこちらを見ていた。そんな事もお構い無しに、私ははしゃいでしまっていたわけだが。
「へぇ?なんだそりゃ??」
困ったというような顔のままのワイルドくんに、ようやく私もはてと首を傾げた。なんだか…話が進まないよ?おかしいな??
「うん?だってとてもいい香りがする。いい香りだね、とても!」
スパイシーで、けれど心地よくお腹を刺激する、微かに甘く香しい。これは間違いようもない、カレーの香りだ!間違う筈がないよ!
くんと鼻を鳴らすだけでお腹が一緒に鳴りそうだ。それくらい、その香りは魅力的なんだ!
「あー…これか?うーん……お前、カレー好きなの?」
「うん!大好きだ!そして大好物だよ!」
カウンターに腕を乗せて身を乗り出す勢いで言ってみると、ワイルドくんは目を瞬かせて軽くホールドアップした。アレ?何か変だったかな??
はてと首を傾げると、彼はそのまま自分の頬を指先で掻きながら、困ったように眉を垂らした。あれ??何かおかしかったかな?それとも困らせた??
「そっか。となると……どうすっかな………」
う〜んと唸りだしたワイルドくんに、何があったのかと私も困った顔で眉を垂らした。
「???どうかしたのかい?」
何か悩ませてしまったらしい。けれどそれがなんであるかが私には解らない。困った。実に困った!
そんな私のしゅんとした様に、彼は慌てたように肩を跳ねさせ、違う違うと手を振った。
「あ、いや。今日の日替わり、メインは鳥の照り焼きなんだわ」
何がと問うより早く、彼はその理由を答えてくれた。………ふむ、カレーではないのなら、確かに……って、エ???
「え?!で、でも……」
この香りは間違いなくカレーのものだ!絶対に、間違いなく、100%だ!けれど彼が嘘を言う筈もない。ならば一体この香りと、彼の言うおかずの違いは何なのか。
目を丸めて驚いてみれば、苦笑した彼が頭を掻いて教えてくれた。
「うん、こりゃ俺の昼飯。でもお前の分くらいはあるぞ。一人分なんて作るの面倒だから、いつも多めに作って冷凍してんだわ」
彼の言葉にどんどんと俯いてがっかりしてしまった私に、慌てたようにワイルドくんは言ってくれた。
「そうなのかい?迷惑では??」
嬉しい。けど、迷惑はかけたくないよ。いつも美味しいご飯が食べられるだけでも嬉しいのに、ジョンの事だって構ってくれて、とても感謝しているんだ。
でもカレーも諦めきれなくて、だから困ったように彼を見上げれば、彼は笑っていた。とてもおおらかで、明るく、清々しい優しい笑い方だ。
「ははっ、それなら初めから悩まねぇよ。さて、じゃあこれに、ラップ敷いて包んでみるか」
三食弁当の六角形の箱を取り出して、ラップをどう敷こうと悩んでいる彼を見ながら、私は嬉しくてニコニコしていた。
思い込みの激しさで突っ走ってしまってよく注意をされるけれど、彼はそれをしても、ちゃんと最後には許してくれて、こちらも笑えるようにしてくれる。
うん、凄いな、笑顔だけで人はこんな風に元気づけられるんだ。私も見習わなくてはいけない。
簡単なようで、それはとても難しい事は、私だって知っているんだ。
「見た目悪いけど勘弁しろよ。らっきょうと福神漬けはいるか?」
「いや、カレーだけで十分だよ。すまない、そしてありがとう!」
そういいながら冷蔵庫を開けるワイルドくんの背中に、慌てて声を掛けた。カレーに何かかけるとしても、私は目玉焼きくらいなんだ。
流石にそこまでは言わなかったけれど。だって言えばきっと彼は、仕方ないなと作ってくれそうだ。
「どーいたしまして。でも味は期待すんなよ?店用じゃなく、自宅用なんだから」
お弁当をゴムで止めながら、以前子供用に用意しているのだと言っていたスプーンもつけてくれた。
日系人の気遣いの細やかさなのか、彼はそうした点がとてもさり気なく優しい。私は多分、彼と同じ立場でも、実際に子供が困っているところを見ない限り、箸よりスプーンやフォークがいいのだと気付けないだろう。
自分が当たり前に使えるものに、人はとても鈍感になるから、誰かが使えないと想定出来なくなってしまうんだ。これも、このお店で学んだ大事な事だ。
「大丈夫、こんな美味しそうな香りだ、美味しいに決まっているよ!」
にっこり、嬉しい事と美味しい香りに笑って答えたら、同じ笑顔が返された。
「そいつはありがとさん。じゃ、こっちは褒めてくれた礼だ。口開けろー」
軽い口調で言った彼が、冷蔵庫から何か取り出して、中身を摘んでこちらに差し出した。彼の指先には、黒っぽい粉が付いた丸いもの。
えっと、これは…食べていい、という事かな?まるで子供のようだと思いながら、口を開けた。
「うん?………これは?何だろう??」
ぱくりと遠慮なく食べて、口の中で転がす。少しほろ苦い、ココア、かな?それに続いて、キャラメルのような風味が口の中に広がった。
口の中で溶かしてようやく解る。これはチョコだ。ああ、だから食べさせてくれたのか。周りにココアが付いていて、もし手で貰ったら、汚れてしまう。
「トリュフ。娘が食いたがってたからな、練習したの。……味、ど?」
「美味しいよ!」
お世辞抜きに美味しかった!つい緩んだ唇に、彼はほっと安堵の笑顔が漏れていた。………あれ、そういえば、娘さん、いるんだ?見た事無いけれど……お店には出ないのかな。
「そっか、味見に協力サンキュー♪ほれ、カレー出来たぜ。毎度あり!」
聞こうかな、と思ったけれど、彼が嬉しそうに笑って差し出したカレーに遮られてしまった。……少しだけ笑い方がいつもと違う。きっと娘さんにあげるチョコがうまく出来たと確認出来て安心したんだね。
きっといい子なんだろうな。娘さんも犬が好きだったら、ジョンと遊んでくれるだろうか。
そんな事を思いながら、彼にお礼を言ってカレーを受け取り、手を振った。
来客:斎藤さん
眠い頭をそのままに、やって来た弁当屋。ここのノリ弁が好きでつい通ってる。さて、声が掛けられるように、踏み台踏み台。ここは子供用にちゃんとあるんだ、踏み台が。私は大人だが、有り難いね。
台に乗って何か作ってる背中に声をかけてみる。
お〜い、タイガー、注文だよ。ノリ弁ひとつ頼むよ。
…………………、あれ、こんなに大きな声で言っているのに、聞こえてない?と思ったら、鏡越しに目が合った。や、客だよ。
「どわっ?!ちょ、いつも言ってるじゃないっすか!もっと大きい声出して下さいってば!」
がしゃんっ!と盛大な音を響かせてタイガーが仰け反りながら振り返った。慌てて焦ったのか、ちょっと涙目だ。相変わらずだね。それに、ちゃんと大きな声で言ったよ?ノリ弁頼むって。
出しているよ、ほら、こんなに。
「…………いえ、小さいっす。まあいいや。今日は何にしますか?」
とりあえずの抗弁に、タウンターに腕を置いて下唇を突き出したタイガーは不満顔だ。でもすぐに仕方ないと意識を変えて笑うのはいいね。気持ちに余裕がある証拠だ。
ノリ弁を頼むよ。
そう楽し気に笑っていつも通り、メニューを見もしないで同じ注文を頼んだ。タイガーも解っていたのだろう、頷いて笑った。
「いつも通りっすね。わっかりました!………あれ?ちょっとすんません」
とか思ったら、突然顔を顰めてグンッと身体を乗り出してきた。なんだい、顔が近いよ??
どうかしたかい?
「…………もしかして、徹夜明け、ですか?」
クマがあるしなんか目が充血してる?と言われてしまった。やれやれ、目敏いね。仕方なく頷いた。
よく解ったね。その通りだ。
「っだ!何笑ってんすか!駄目じゃないですか、寝なきゃ!」
答えに叱りつける声が威勢よく響いた。うん、客だから遠慮なんてこの店はしないね、相変わらず。
ぷりぷりしながら背中を見せたタイガーは、何やら紙コップにがちゃがちゃと放り込んで作っている。何だろう、あれ??まあいいか。そう思いながら、小さく欠伸をした。
調度分析が佳境でね。この数日が山場だよ。
のんびりそんな事を言っていると、踏み台の上、ぽかぽかした陽気に眠気が誘われる。少しうとうととしていたら、ペシンと額を叩かれてしまった。油断ならないね。
「まったく、研究者ってみんなそんなんなんですか?ほら、これ!飲んで待っていて下さい!」
……なんだい、これは?
むくれた顔のまま差し出された紙コップ。の中見は、赤かった。でも、トマトの赤じゃないね。もっとずっと澄んでいるし、サラサラした液体だ。
「柘榴酢に蜂蜜入れて、炭酸で割ったものです。酢は疲労回復にいいんですよ?」
受け取って見下ろしてみれば、腰に手をやり指を突きつけてきたタイガーは言った。酢。………困った。
すっぱいのは、どうも………
「いいから飲んで!甘いですから!」
………う…、……うん?ジュースみたいだね、これ。
ギッと睨まれた迫力に負けて一口飲んだ。……蜂蜜で打ち消されて大分酢の刺激は無くなっている。それでも少し酸っぱい気がしたけれど、炭酸の清々しさで掻き消されていた。
これなら飲める。まあ、この紙コップくらいが限度だけど。
「でしょ?夏場にゃ持ってこいですよ。あ、弁当にも酢の物入れますからね!食べて下さいよ!」
ええ?!それは………
「平気ですよ、ほら、一口。……ね?そんな酸っぱくない筈です!」
慌てて首を振って情けなく眉を垂らせば、タイガーはアルミカップに乗せたキュウリとワカメを差し出した。ちゃんと爪楊枝が刺さっている。……うう、これ、酢で混ぜてあるんだよ。どうしよう。でも、食べないとまた煩そうだな。仕方ない、男は度胸だ!
…………あれ?まろやか、かな?でもすっぱいよ。
「食べれない程じゃないじゃないっすか。これは昆布酢だから食べやすいと思うんすけど……」
思いの外、食べやすいかもしれない。けど、やっぱりあまり得意ではないよ。どうしようと悩んでいるタイガーを見上げ、こちらも悩んだ。酢が身体にいいのは周知の事実だし、少しくらいは頑張ろうかな。食べられたし。
う〜ん…少なめでね?
「了解!さて、あとは〜味噌汁いります?」
うん。そっちは多めで。
「はいはい。ついでなんで、山芋のすり身も入れますね」
すり身??
里芋じゃなく、山芋。の、切ったのじゃなくてすり身?どうしてだろう??
「すいとんの山芋版って感じですよ。すいとんと違ってふわふわで軽いから、胃にも優しいですよ」
ああ、確か徹夜するとビタミンも欠乏するんだったね。
その上疲れた内臓の事も考えて、すり身か。相変わらずだね、タイガーも。お金にならない事にばっか力入れて、喜んでもらえれば幸せって顔だ。………まあ、だからついまた通っちゃうんだけど。うん、うちのヒーローもね、ほとんど毎日通ってるよ。気付かれてないって思ってるみたいだけど、社内じゃ有名だよ、バーナビー。
そんなこちらの事情は露知らず、タイガーは鼻歌まじりに楽しそうに弁当を詰めていく。器用にはとても見えないけど、器用に色々動く。
出来れば今度、彼の検査もしてみたいな。バーナビーがキック主体なのは、破壊力とインパクト重視の為だけど、多分、………とても無器用で力加減が下手だから、という理由もあると思うんだ。
タイガーはスタイルも違わないし、指先も器用で細かな力加減も得意。うん、バーナビーに足りない部分がある気がするな。今度要請出来ないか、社を通じて打診してもらおう。
「そーです。山芋はビタミン豊富ですから。……よし、こんなんかな」
眠い頭でそんな事を思いながら軽い鼻歌と混じっている弾んだタイガーの声を聞いていた。
出来た?
「はい。味噌汁と味被りますけど、ピーマンの味噌炒めも入ってますんで」
うん、ビタミン摂るよ、しっかりね。
「はい♪……あ、そうだ。そういやアイス好きって言ってましたよね?」
?うん。好物だよ。
毎日どころか、毎食食べたいくらいだ。頭を使う仕事だからね、余計に沢山糖分が必要なんだよ。そんな事をぼそぼそ言っていても、背中を向けたタイガーには聞こえていないらしい。……むしろガサゴソした音の方が大きいかな。
がっかりと顔を顰めて項垂れていると、ニパッと笑ったタイガーがスーパーでよく見かけるコーンに乗った、黄色いツブツブの入った白いシャーベットを差し出した。
「じゃあはい。こっちはおまけ。柚子シャーベットっす!」
!!!!
「コーンなんで食べ歩きになっちまいますけど、いいですか?」
申し訳なさそうな顔のタイガーに、両手を上げて喜んでコーンを受け取った。まさかこんなところでシャーベットを食べられるなんて思わなかったからね!
確か柚子はビタミンCもクエン酸も豊富だ。疲労回復には持ってこいだよ。でもなかなか柚子シャーベットなんて手軽には手に入らない。我慢出来ずにパクリ、一口食べてみた。
……うん、爽やかな香りに負けないさっぱり感。でも、ふわっと溶けてく。氷とはまた違う、不思議な食感だ。これ、タイガーの手作りかな?バーナビーに自慢してやろう。
構わないよ。こういうビタミンの摂り方なら大歓迎だ。
「ははっ!そりゃ確かに」
ぱくぱく。一口食べたら我慢出来る筈がない。食べながら話して、代金を支払った。ちょっぴり多めで、お釣は受け取り拒否。うへぇって情けない顔で困ってこっちを見るけどね、たまにはちゃんと代金とらなきゃ。何事もギブアンドテイクだよ、タイガー。
仕方なしにキヒッと笑ってシャーベットを掲げた。それにタイガーは目を丸める。
また来るから、その時もよろしくね。
これが気に入ったから。そう教えるみたいに言ってみれば、嬉しそうに顔がほころぶ。うん、そっちの方がいいんじゃないかな、ワイルドタイガー!
「わっかりました。バニーちゃんにもよろしく♪」
また何か作りますって張り切った声。……これはきっと、バーナビーが来たらシャーベットあげちゃうな。まあいいか。美味しいものは共有しなきゃ勿体ない。
うん。まあきっとまた、今日も来るだろうけどね。
「そっすかね。楽しみにしてますよ」
だからよろしくね。そんな風に笑って、ノリ弁を片手にタイガーに別れを告げた。
さて、ぐったり兎は今頃どうしているかな。
シャーベットが付いたと言ったらきっと羨ましい癖に、何でもないような顔をして、でもすぐに出掛けるんだろうな。
それを想像して、キヒッとまた笑った。今日も長閑で平和日和だなっ!
来客:ホァン・パオリン
ヒーローになって少し経った頃、トレーニングルームからお昼ご飯を買いにいったんだ。
この辺りの事は、実はまだよく知らない。地図は覚えたけど、実際に何があるかとか、意外とこの街はグチャッとしていて難しいんだ。多分、3階建てっていう事も問題なんだよね。
だから、出来るだけ自分で歩いて辺りを知るようにしていたんだ。そんな努力へのご褒美だったのかな、そのお店を見つけたのは。
「あれ……?あそこ、お店??」
看板があるし、カウンターがある。だからお店だって解る、けど。
僕はキョロキョロと辺りを見回して、首を傾げた。別にこの辺りは商店街じゃないし、ぽつんとそこだけ、忘れ物みたいにお店があったんだ。
不思議に思いながら、でも興味は惹かれて。覗くくらいいいよねとそこに近付いた。そうして思わず目を輝かした。
だってそこ、お弁当屋さんだったんだ!しかもそこから美味しそうな匂いがして、お腹が鳴った。うわ、食べたいな、何のお弁当だろ!
もう今日は朝の勉強が終わったあとからずっと鍛錬に鍛錬を重ねていたからヘトヘトでお腹はぺこぺこ!目を輝かせてカウンターを覗き込んで、そこに置いてあったメニューを手にとった。
あれ?……なんの料理だろ、これ??僕、食べた事ないよ、これ??
「ん?お。いらっしゃい。おつかいか?」
「え?僕?違うよ。僕が食べる分!」
メニューを片手に悩んでいたら、キッチンに立っていた男の人が振り返ってニコニコ笑って声をかけてきた。それにハキハキと元気よく答えると、嬉しそうにその人の目が細くなって目尻が下がったのが解る。あ、優しい笑い方する人だ。
そんな事を思っていると、そのおじさんはエプロンで手を拭きながらこちらに来た。注文を聞く為だよね。どうしよう、まだ決まってないや。
う〜んと悩み顔の僕を見下ろして、その人はコテンと首を傾げた。あ、よくよく見たらこの人、面白い髭してる。ネコだよ!
「どうした?決まんないか?」
「うん、あのね、これとこれとこれ…あ、こっちも。美味しそうだけど、全部入ってるの無いからどうしようかな……」
「…………………えっと…それ、メインほとんど…だよな?お前さん、そんなに食えんの?」
「足りないくらいだよ!もう朝からずっと稽古していたからお腹ぺこぺこなんだ!」
「そっか。頑張ってたんだな」
偉い偉いって、おじさんはカウンターから腕を差し出して、頭を撫でてくれた。………なんか、お父さんみたいな人だな。嬉しくて胸がくすぐったいよ。
「じゃあ特別に、特製弁当を作ってやるよ。えっと…これとこれ…にこっちと、これは食えそうか?」
特別に特製……それって、僕の為のお弁当かな?うわ、初めて来たのに、いいのかな?
でも嬉しそうに笑っている優しい笑顔が、そんな事気にすんなって言ってるみたいだ。嬉しくて楽しくて、なんだかむずむずする。違うな、ワクワク、かな??
「うん!ねえ、これってなんて食べ物なの?僕食べた事無いよ」
「へ?そうなのか?あー…まあ和食に馴染みが少ねぇからな、この辺」
目を丸めたおじさんはそう言って、フライパンを取り上げながら笑った。
「肉じゃが、豆腐ハンバーグ、鳥つくね、若竹煮に揚げ出し豆腐。ほれ、ちょっと口開けてみろ。肉じゃが、味見てみな」
箸で器用に差し出された…多分ジャガイモ?をぱくっと食べてみた。
少しもぐもぐしていたら、すぐに自分でも目が輝いたのが解るくらい、笑顔になっちゃったよ。だって、はしゃぎたいくらいこれ、美味しい!!
「………おいしい!!うわ、ほっこりしてて甘いんだね!」
「じゃあ平気かな。和食の基本は出汁と醤油だからな。それが駄目だとどうしようもねぇの」
「僕これ好きだよ!!!」
もっと食べたい!満面の笑みでそう言いながら両手を握り拳にして訴えた。そうしたら、おじさんは嬉しそうに目を細めて笑って、じゃあサービスって、ニクジャガを大盛りにしてくれた。
うわ〜嬉しいな。トレーニングルームに折紙さんがいたら羨ましがるかも!
「そいつはよかった。あ、味噌は?平気か?」
「味噌?」
また不思議な言葉。ミソ。………うーん、聞くって事は、多分このショウユ?みたいにワショクの調味料かな?
首を傾げて不思議そうにしていると、紙コップに何かを入れて、おじさんが差し出してきた。
「ほれ、これ飲んでみ」
「??不思議な味だね、これが味噌?」
塩っぱいけど甘い?でもじんわりあったかくなる。ほんわかして、初めて飲んだよ、こんなスープ。
目を瞬かせながら空っぽになった紙コップを覗いた。……ちょっぴりだったから一口だったや。もっと飲んでみたいな。
「正確には味噌汁。飲めそうか?」
「うん、美味しいよ!」
「あと、蕎麦が平気ならそばがき入れるんだが…どうだ?アレルギー無いか?」
それでボリューム出るぞ。そんな事を言って悩み顔のおじさんに、やっと知っている名前が出て、僕は元気よく手を上げた。
「あ、おソバ!食べた事あるよ!不思議な匂いの麺だよね!」
箸ですくっておつゆにいれる。変梃な食べ方だったけど美味しかった。そっか、あれはワショクなんだ。じゃあワショクって日本の料理だね!きっと折紙さんが喜ぶな。このお店、知っているかな?
「ハハッ、食った事あるなら平気だな。じゃあそいつもサービスしといてやるよ」
楽し気にそう言ったおじさんは、ホイッと軽い調子で出来上がったお弁当をくれた。
普通のお弁当箱と、小さめのお弁当箱。それからコップみたいな形に蓋したやつも別にくれた。
ご飯とおかずが別々なのかな?これだけあればきっとお腹も満足してくれるや。その上こんな美味しいご飯ばっかり!嬉しいな!
「メインだらけだから小鉢系が入らなかったのは許せよ?飯は三食とおかかもプラスして、四食弁当にしといたから、結構食い出があると思うぜ〜」
「わ、ありがとう!楽しみだよ!」
ご飯に色があるんだ!ビビンバみたいなやつかな?日本のビビンバ、楽しみだよ!
………でもコバチ?ってなんだろう?また来た時に聞こうかな。うん、そうしよう。今度は折紙さんも連れてきてあげようかな。
「あとこっちが味噌汁な。そばがき入りだから、腹も膨れると思う。から、無理はしないで食えよ?」
別の袋のコップみたいな方を指差しておじさんが教えてくれた。こっちがミソシル。さっきのスープだね。そばがき……どんな麺なんだろうな?開けてからのお楽しみだね!
「大丈夫!僕、一杯食べるから!」
「そっか。じゃあ味わって食ってやってくれ」
元気に答えたら、嬉しそうにおじさんが笑った。優しい笑い皺がまた濃くなった。大きな手のひらがカウンターから伸びて、ぐしゃぐしゃって頭を撫でてくれる。くすぐったいけど、うん、嬉しいかな?気持ちいいや。
「うん、ありがとうね、おじさん!」
嬉しい気持ち全部が伝わるように笑顔でお礼を言ったら、ひくっと感じにおじさんの顔が引き攣った。あれ?どうしたんだろう?
「おじ………せめてタイガーにしてくんない?」
はぁ……って感じにカウンターに両手を掛けて項垂れちゃった。あれ??おじさんだよね??ん?でも待って?タイガー?って、虎??
「タイガー?なんで?」
「店の名前、『ワイルドタイガー』っての。おかげでみんな人の事タイガーって呼びやがんのさ」
ほら、とおじさん……じゃなかった、タイガーがカウンターから身を乗り出して看板を指差した。……本当だ。ワイルドタイガーって書いてある。………『和食弁当』って、なんて読むんだろ??
まあいいや、それも全部今度。美味しいお弁当のお礼を言って、また次のお弁当を頼む時に、一杯話をしよう。
「そっか。タイガー、僕はホァンだよ。また来るから、覚えておいてね!」
約束!そう大きな声で言って、お代を払うと手を振った。タイガーもニコニコ笑って手を振ってくれる。……危ないから前見ろよって。まるでちっちゃな子供に言うみたいな事まで言われちゃったよ。
「おう、楽しみにしてんよ。またな、ホァン」
「またね〜!」
元気に声を掛け合って、僕は駆け出した。
早くトレーニングルームに戻りたいな。そうして、このお弁当を食べるんだ!
ニコニコ嬉しそうなタイガーの顔が浮かぶ、そんなお弁当。温かくていい匂いのお弁当だ。
早く早く、一杯食べて、それで美味しかったよって、また会いに行きたい。
みんなにも教えてあげないと、凄く素敵なお店を見つけたよって!
…………でも、今日のお弁当は、僕がひとりで食べるんだ。一口だって残さないでね。
だって、これはタイガーが頑張ったご褒美にって、特別に作ってくれたお弁当なんだから!

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