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気の向くまま、思うがままの行動記録ですよ。
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    短文連載5

     クロウリーとアレンのターン。





      鍛練室に入り込むと、見慣れた真っ白な髪があった。

     青年はそれに気付くと、明るく弾ませた声と歩調でそちらに近付いていく。

     「アレン!」

     「あ、クロウリー、鍛練ですか?」

     すぐにこちらに振り返った少年が、タオルで汗を拭きながら笑いかける。それに嬉しそうに青年は頷いた。

     「うむ、発動時に比べて身体が柔だと叱られたである」

     決して戦い向きの身体を有していたわけてはない青年は、なかなか苦労しながら基礎体力の向上を計っているらしい。

     「はは、僕と似たようなものですね」

     「む、アレンもであるか?」

     それに笑いかければ、意外そうに青年が首を傾げた。

     青年にとって少年は、出会った時からずっとエクソシストで、そしていつだって傷も恐れず戦う人だった。

     そんな疑問に笑いかけ、少年が頷く。

     「はい。師匠と旅していた頃、毎日しごかれましたよ」

     「………それは大変では…」

     「まあそうですが。そのおかげで戦闘時には役立ってますから。………二度と味わいたくはないですけどね………」

     半ば意識を飛ばしたように遠くもない過去の記憶に鬱症状を出している少年の頭を、不意に優しい手のひらが撫でた。

     「?クロウリー?」

     腕の持ち主の名を呼べば、ひどくいたわり深い眼差しを注がれた。

     「いや、アレンは頑張り屋であるなぁ」

     「それはクロウリーですよ」

     「私はアレンやラビがいるから頑張れるであるよ。でもアレンは一人でも頑張るであろう」

     いつもいつも一人で何でも背負って立ち向かい、ボロボロになっても諦めずに進もうとする少年。

     そんな潔さ、自分は持っていないと苦笑すれば、不思議そうに少年は目を瞬かせた。

     「そんな事はないんですが…ほら、ラビに甘えたりしているじゃないですか」

     「……………?ラビに、であるか?」

     「はい」

     きっぱりと頷いて言い切る少年に、青年はさっと過去を振り返ってみる。

     「……いつであったか、記憶にないである」

     が、何も思い当たらなかった。いっそそれはそれで凄い事かもしれない。

     「ええっ?!だって、ほら、ご飯一緒に食べてもらったり、遊びに連れていってもらったり、しているじゃないですかっ」

     「それは友達なら当たり前であろう?違うであるか?」

     きょとんとしながら問う青年に、少年もまた驚いたように言葉を濁した。

     「えっ?……え、ど、どうなんでしょう?」

     「ははっ、そうであるなぁ。ラビに、聞いてみるといいである」

     疑問に疑問を返す少年を咎めるでもなく、青年は優しく笑った。

     それにホッとしながらも、少年は困ったように苦笑する。

     「………でも、そんな事聞いたら煩わしいかもしれないじゃないですか」

     「アレン、ラビは優しいである」

     少年の躊躇いの言葉に、青年は目を瞬かせて呟いた。

     「知っています。僕にだって優しくしてくれたぐらいですから」

     「違うであるよ。ラビは、優しいである。アレンが大事だから」

     どうやら思い違いをしているらしい少年に、困ったように青年が呟く。

     初めて対峙したあの時に、赤毛の青年が憤りを露にしたのは、自分が少年を攻撃した後だった。

     共に船上にいた時、日本に入った時、青年が感情を露に叫んだのは、少年に関わる事だった。

     大切なのだと、自分にさえ伝わるくらい、それは溢れていたのに。

     「だから、寂しいと思うである。アレンが、そんなに怖がると」

     肝心の少年には伝わっていないらしい事実に、苦笑が洩れた。

     「………怖がっていますか?」

     「嫌われるかも、疎まれるかも。そう考えるのは、ラビがそうするかもしれないと、怯えるからであろう?」

     戸惑うように問う少年に、いたわり深く青年は告げる。

     「私もそうであったよ。村人達にも……エリアーデにも」

     怯えず告げれば、あるいは変わったかもしれない村人達との距離。

     ただ一人愛し、同じ情を返してくれていただろう人にさえ、怯えていた浅はかで脆弱な自分。

     ………怖くて縮こまり、踏み出す足など持ち得なかった、過去の自分。

     「勇気を出してみればよかったと、悔やまれる。だからアレン、アレンには同じ後悔はしてほしくないである」

     「後悔、なんて…………」

     真摯な青年の声に、躊躇いながら否定を口ずさもうとした少年は、けれど続ける言葉が解らず唇を噤んだ。

     「明日が確約されないのは、何もエクソシストに限らない。アレン、進む事は悔やまずに生きる事であろう」

     選択を続けなくてはいけない、自分達だ。生きる為に常に選び続ける。

     ………その中、いつだって選び難くとも焦がれるものがあるものだ。

     「理由の為ではなく生きるならば、一歩近付く勇気も大切である」

     諭すように励ますように呟く優しい声に、少年は困惑するように眼差しを揺らした。

     「でも、僕はこんなで、ラビは……ブックマン、です」

     自分が背負うものは、なかなか重く分かちがたいと知っている。ましてやそれが、敵の力となりうるものならば、尚更だ。

     そして、赤毛の青年は、傍観者だ。公正で平等な観察者。

     一歩近付く事がどれだけの負担を与えるか、何となくでも、解る。

     「怖がらずにいるなんて……」

     俯くように泣きそうな顔を隠して呟けば、青年は寂しげな吐息を落とした。

     「ままならないであるなぁ」

     遣る瀬無く白い髪を見下ろす。悲しむ顔を誰にも見せたくないと告げるような、俯き肩を落とす姿を。

     「私は、二人に笑って生きてほしいであるのに」

     自分を生かし導き居場所をくれた二人だ。

     喜びに満ちて、なんて贅沢は言わないけれど。………ささやかな笑顔くらい、願いたい。

     「二人とも、私では肩代わりなど出来ないものばかり背負って、歯痒いである」

     引き締めれた唇から僅かに覗く青年の犬歯。

     それを見つめ、己の左腕を無意識にさすり、少年はそっと囁いた。

     「それでもね、クロウリー。僕は悔やんではいないんですよ」

     「?」

     「この教団に来た事も、ラビ達に関わった事も、エクソシストである事も」

     現状を見るならば、ここに来なければよかったと言われるような立場だ。

     全てから逃げ出してしまえばよかったと言われかねない経緯だ。

     それでも、煌めく銀灰は恐れも知らずに青年を見つめた。

     「僕は、ひとつも悔やまない。それは、この先何があっても変わりません」

     その優しい声と微笑みに不釣り合いな程の、覚悟と意思を乗せた、未だ幼い少年の瞳。

     そんな風に背負いながら、それすら飲み込み笑む程の、どんな罪をこの小さな少年が犯したというのか。遣る瀬無さに、青年の瞳が揺れた。

     それを見つめ、少年は困ったように苦笑する。

     「だからそんな顔しないで、クロウリー」

     「………でも、アレン…」

     「こうやって、みんなが僕を甘やかして優しくしてくれるから、僕はそう思うんです」

     辛くなかったなんて、言わない。悲しみを知らないなど言えない。

     それでも、笑える。それは全て、みんなが与えてくれたものだ。

     ………思い、出会った当初から心配させ通しだった赤毛の青年を脳裏に浮かべた。

     「ラビにもちゃんと、教えないと駄目かもしれないですね」

     意外に鈍くて、空振る事の多い青年だ。きっと自分達が彼を大好きだなんて、解っていないだろう。

     「む、そうであるな。きっとラビは解らないであろうから、凹んでブックマンに怒られていそうである」

     「ははっ、そうですね」

     小さく笑いながら、微かに俯いた面のまま、少年は飲み込むような声で呟いた。

     「うん、ちゃんと……ありがとうは伝えないと、解らないですよね」

     「大好き、もである」

     むしろそちらの方が大切だ。どこか身を引き生きている二人は、大切にし合っているのに、時折ボタンの掛け違いのようにチグハグだ。

     たったひとつを知っていれば、それは全てなくなるだろうに、どちらもどっち、その自覚だけはない。

     「それは流石に恥ずかしいですよっ」

     「でも、言われれば嬉しいである」

     にっこりと青年は笑い、悪戯を仕掛けるように輝かせた瞳で囁いた。

     「私はアレンもラビも大好きであるよ」

     慈しむように愛おしむように、優しい青年の声が捧げる初めの音色。

     それを泣きそうな眼差しで見つめながら、少年は震える唇で弧を描いた。

     ………自分に向けられるには過ぎた優しさだ。

     そう、思いながら、少年は不器用に笑んだ。

     「…………うん、クロウリー。僕も大好きです」

     その言葉が正しいかどうか、解らない。与えられた事のない言葉は、どこか空虚だ。

     それでも、青年は嬉しげに目を細めて笑い、頭を撫でてくれる。

     それで正しいのだと、つい逃げがちな思考を読み取ったかのようなタイミングに、くしゃりと少年が泣き笑う。

     「ラビにも、伝えられるといいなぁ……」

     自分の好意は、今の教団内でいうならば、マイナスだろう。与える事が悪く転がる事もある。

     エクソシストだからといって何も優遇されないのだ。彼らを大切だと言えば言っただけ、枷を与えそうで怖いけれど。

     「ちゃんと聞いてくれるである」

     そうしたなら嬉しいが増えるのだ、と。静かに青年は囁き少年の髪を梳くように撫でた。

     ………あまりに多くの事を一人背負おうとする少年が、少しでも安らげばいい。

     言葉は儚く力ないけれど、それを受け止め飲み込み刻み込む、人の心は強靭だ。

     幸せそうに人のいい青年は笑い、飽きる事もなく優しく白い髪を撫でた。

     

     ………とてもとても嬉しそうに微笑みながら。

     

     

     

     大好きな二人が笑顔で一緒にいる事を、祈った。

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