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「民族紛争から領地争い、革命に至る経緯、ねぇ……」
呟き、つまらなそうに息を吐き出す。いつだって記述を頼まれるのは血生臭い戦史だ。
その裏に潜む真実をもとに、未来を掴もうという健気さならばまだいじらしいが、これはきっと無駄な争いを捩じ伏せるための、強者の切り札になるだけだろう。
「表の歴史と合わせて記述しろ。偏るなよ」
「解っていマス。しっかし、これ系なら、あんまアレンに見せらんないさー」
もっと優しく愛おしい記録とてあるというのに、そんなものは見向きもされないのが現実だ。
そんなとるにたらないものを綴ったなら、きっとほころぶ笑みを知るだけに、この凄惨な文字の羅列は到底見せられる代物ではなかった。
「見せるな馬鹿者」
軽い溜め息の呟きに、即切り返してきた老人のその声の鋭さ。それに、青年は目を瞬かせた。
………それは、ブックマンとしての、声だ。
別に、自分とて裏歴史を披露するつもりはない。ただ、勉強をした事のない少年に、知識という目に見えぬ力を与えたいだけだ。
それは自分だけでなく、老人とて考えている事だろう。それなのに何を今更と、片眉を上げた。
「なんさ、ジジイだってたまに見せてる癖に」
老人の二番煎じはつまらないが、きっと楽しい話なら喜んで耳を傾けてくれるだろう。
自分がその時間をもらっても問題はない筈だと軽く睨んでみれば、老人は下らないと言いたげな嘆息を落とした。
「阿呆。あれはあやつ用に編纂したものだ。依頼物ではない」
あっさりと切って捨てたその解答に、青年は思わず胡乱な眼差しを向けてしまった。
「………ジジイ、アレンの事気に入りすぎ」
自分以上に本職では忙しい癖に、どこにそんなものを用意する余裕があるというのだろうか。
本当にこの老人は、自分にすら底が知れなかった。
「お前に言われるほどひどくないわい。さっさと手を動かせ」
「動かしてるし!あー早くアレン来ないかなぁ。つまんないさぁ」
話している間とて、一瞬たりとも止まっていない。文句を言うようにむくれてみせれば、呆れたような溜め息が返ってきた。
「仕事せんと追い返すぞ」
「ちゃんとします。アレンに叱られるさ」
まるで少年がご褒美のようだと思い、青年はクツリと笑った。………ある意味、間違ってはいないのだから。
「アレン、真面目だからなー」
そんな彼に疎まれたくはないと思う時点で、老人の思う壺だろう。
彼と一緒にいたいなら、自分が成すべき事を成さなければいけない。
………そうでなくては、少年こそが一歩退き消えてしまうのだから。
「少しは見習え」
「んー、でもさ、アレンは俺みたいに、息抜きする事、覚えるといいさ」
「あやつは生き急ぎすぎる」
微かな溜め息を隠すように響く嗄れた老人の囁き。
それを記録しながら、青年はさらさらと淀みなく必要な記述を書き込んでいく。
「生きる喜びを理解しながら、消える事に焦がれおる。厄介な話だ」
どちらも手放しがたく、表裏一体の願望である事は、生きる限りは仕方がない。が、少年のそれは、少々根深かった。
「……アレンはさ、自分が生きていること、罰にでも感じてんのかね」
「………………」
「少なくとも、エクソシストも俺らも、あいつが笑うの、好きなんに」
もっと気楽に生きられればいいのに。あまりに背負うものが大きく、そして多すぎる少年に向ける溜め息は尽きない。
「見据えるものの違いだ」
それを見つめるシワの寄った唇から、そっと……玲瓏な声が響く。
記録者足る、声だ。静かな室内に木霊す事もなく、それは落ちて消える。
「今までの記録対象と、同じようにな」
その様を眺めたあと、青年は再び紙面へと眼差しを落とした。
「へーへー、解ってます。でも、あんただって同じさ」
自分が彼を乞うように。その命が消える事を惜しんでいる。
さらりと何気ない風に呟いて、そっと師の気配を負う。微かにさえ揺れないのは、自分にすら読み取らせない師の偉大さだ。が、きっと、ここにあの少年がいたなら、微笑む事だろう。
「何がだ」
冷たく響くその声の中、和らぎを見出し、慈しみを喜ぶ少年の感性を、羨むべきか悲しむべきか、解らない。解らないけれど、その美しさをたたえたいと思うのだ。
「さあ?なんでしょう」
睨む老人の眼差しをへらりと躱し、青年は小さく笑んでペンを走らせた。
「……下らん事を言っておらんでさっさと終わらせろ」
呟き、師は顔を逸らすように手にした本に眼差しを落とした。
ほんの微か、その隈取りの奥に揺れる光が読み取れた気がして、青年はこっそりと笑む。
師と少年は仲が良くて妬けるけれど。それでもいらない詮索をして、老人の鋭さを少年に向けさせようとは思わない。
小さく解らぬように、溜め息の中に混じる師弟共有の慈しみ。
出来るなら独占したい、けれど。そっと目蓋を落とし脳裏に浮かぶ真っ白な花を青年は思う。
………………少年が愛しまれるなら、きっと何よりなのだと………。