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角を曲がった先に、見慣れた白い髪が踊っていて、青年は明るい声を響かせた。
なんとなく今日は朝から忙しくなる予感がして、身支度をするとすぐに自室から出て、気の向くままに歩き回っていたけれど、ようやくその姿を確認出来た。
「あれ、ラビ、おはようございます。……奇遇も何も、ここ僕の部屋ですよ」
「ん?だって中にいても会えんし、外にいたって会うとは限らないさ?」
大体予測して通りかかったとしても、会えない時は会えない。それを知っている青年は機嫌よく会えた事に喜んでいた。
それに首を傾げながら、少年は目線だけで辺りを見回した。
確かに、辺りに人はいないし、会う事は珍しいのかもしれない。が、そんな事を気にした事がない少年にはよく解らなかった。
「……うーん?まあ、そうですね。あ、それよりラビ、ブックマンが探していましたよ?」
いまいち納得し難そうに眉を悩ませていた少年は、すぐに流してしまい、なかなかつれない態度だ。
その上、予想外の名を告げられて、浮かぶ筈の苦笑すら消えてしまった。
「へっ?何でジジイの事アレンが知ってんの?」
突然の言葉に、青年はキョトンと目を瞬かせてしまう。
まだ朝も早い。それこそ朝食に時間をかける少年にしてみれば、朝の支度を終えたばかりな時間だろう。そんな時間に何故彼から師の名が出るのだろうか。
「さっき、ここに来る途中で会いました」
「………なんか言ってたさ?」
「記録をまとめさせるそうですから、早く部屋に戻った方がいいですよ?」
警戒心剥き出しの眼差しに、少年は苦笑しながら先程会った老人の言葉を綴った。
その言葉に盛大に顔を顰めた青年は、ブルルッと身体を震わせるようにして頭を振った。
「朝っぱらから?!嫌さ!アレン、匿って!」
「あ、駄目です。というか、無駄です」
案の定駄々を捏ねる青年に、少年は仕方無さそうに笑いながら首を振る。………残念ながら、こればかりは匿いようもないのだ。
そんな返答に目を瞬かせた青年は、不可解な少年の言葉に首を捻った。
「へ?駄目はまだしも、無駄ってなんさ?」
「ブックマン、これから来るんです、部屋に」
あっさりとその理由を答えてみせれば、青年は一瞬だけ、顔を顰めてしまう。
「なんでジジイが?!」
つい、想定外の少年の言葉に、声が大きくなってしまった。
耳に響いたその音に、自分自身でギクリとしてしまう。………失敗した。これでは彼が怯えてしまう。
「え?いや、あの、ケーキをいただいたので、一緒に食べないかって誘ったんですが……?」
慌てたような青年の声に、少年は戸惑いを滲ませた眉を垂らして首を傾げた。
………何か、まずい事だっただろうか。もしかして老人は隠していただけで、用事があったのかもしれない。
そんな少年の戸惑いと躊躇いに気付いて、青年は声に滲んだ隠しきれなかった鋭さに、胸中で舌打ちをする。まだまだ未熟なこの喉は、なかなか思うような豊かさを少年に差し出せなくて歯痒かった。
「なら俺も!いいさ?」
なんとか声を取り繕い、じゃれるような明るさを響かせれば、きっと浮かぶだろう安堵の笑みを待った。
………が、少年はまだ困ったように眉を垂らしたままで、常の柔らかな微笑みが浮かぶ事はなかった。
何か、まだ自分の声に問題があっただろう。悩みながら、情けなくも彼に答えを求めるように見遣った。
「あの、僕はいいですが。ラビが嫌でしょう?」
視線の先、少年が困ったように問いかける。
それに思わず目を瞬かせた。
「なんでさ」
「………ブックマンに見つかりますよ?」
匿う事など出来ない状況になると、当たり前すぎる事実を少年が示唆する。そんな事も失念して、矛盾を孕んだままねだっても、確かに戸惑いは増すばかりな筈だと、青年は己の失態に苦笑した。
「……じゃあせめて、ケーキ食べる間は見逃してって、アレンも頼んで?」
匿う事は不可能だ。ならばと、改めて、ねだる方向を変えて青年は告げる。
にっこり笑って頼んだ言葉は、あまりに意外だったのか、少年は一瞬きょとんとした顔を晒した。
「へぇ?!ぼ、僕がですか!?」
「一緒に!」
意味に気付いて、そんな我が儘は言えないとその唇が綴る前に、畳み掛けるように声を被せた。
「………いいっしょ?」
そのままじっと見つめて頼めば、大抵の事なら彼は陥落してくれる。期待を込めて見遣った視線の先、少年は仕方無さそうに苦笑を浮かべた。
「構いませんけど、あとで大変なの、ラビですよ?」
時間がなくなればその分追い詰められる。文句を言いながらもきちんと彼はこなすだろう。けれど、やはり大変な事に変わりはない。
そう告げる柔らかないたわりの音に、青年は嬉しげに瞳を細めて笑った。
「なら、紅茶淹れに来て?」
そうして、つい漏れてしまった声は、随分と甘く響いた気がして、正直焦ってしまう。……が、鈍い少年には解らなかったのか、パチリと瞬いた瞳は不思議そうな光に輝いていた。
「はい?」
「記録。まとめてるとさ、食べたり飲んだり忘れるんさ。だから」
慌てないように、殊更ゆっくりと告げてみれば、また不思議そうに首を傾げられてしまう。
「僕が、ですか?」
………そういう甘えは女性に言えばいいのにと、言外の響きに凹みそうだ。
伝わらないし伝えていない。彼を責める謂われも資格もない自分が、傷つく権利もある筈はないのだけれど。
「だって部屋だから。ジジイが文句言わないの、アレンくらいさ」
苦笑に自身の複雑さ、全て覆い隠させて、青年は拗ねたような声で唇を尖らせた。
「そんな事ないと思いますけど」
それに、困ったような少年の顔が返される。
………お人好しな彼は、懐いた相手の負担になる事は避けてしまう。特に自分達のような特殊な立場に対して敏感で、本職に関わる事は意図的に一歩退いている事も知っていた。
「いや?」
だからその一歩を近づけてと、まだ願う事は出来ないけれど。
…………一緒にいたいと、いていいと告げるくらいは許されたい。
「いいえ?鍛練のあとでよければ、ですけど」
微かな寂しさで告げた声に、少年は慈しみ深く微笑んで、軽く振った首で約束を受け入れた事を教えてくれる。
「OKさ♪楽しみにしとく」
そう嬉しげに笑った青年は、ちらり少年の部屋のドアを見遣った。
その仕草にクスリと笑い、少年はドアを開くと青年を招き入れるように手を差し出した。