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気の向くまま、思うがままの行動記録ですよ。
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    鏑木夫婦。

     やっぱり書きたくなったよ、17話見たらな。
    もうとっくに18話始まってるだろ、とか言わない。私の世界は一週間遅れて回ります。

    しかし病人を書くともれなくシスターに似てきて慌てて軌道修正じゃよ。
    まあ公式でほとんど出ていないからオリジナル要素の方が強いんだけどね、友恵さん。





      目を瞬かせると、そこは真っ白な壁が見えた。白いカーテンに無機質な窓。そこから、淡い日差しが差し込んでいる。

     どこだっただろう。ぼんやりと考えていると、肌にそっと、触れるとても身近で解け合う程に慣れた音が落ちてきた。

     「虎徹くん、いつか、ね」

     それはずっと傍にあった音だった。そしてこの先もずっと一緒だと信じていた音だ。

     思い、気付く。………ここは病室だ。自分の愛する人が寝起きする、場所だ。どうして忘れていたのか。そんな事、ある筈がないのに。

     今度は驚きに目を瞬かせて軽く周囲を見回してしまう。そんな仕草さえ受け入れてくれる静かな眼差しが柔らかく微笑んで自分を映した。

     綺麗だと、思った。窶(やつ)れてしまったと泣く彼女の親の声が脳裏に浮かんだが、それでも彼女は綺麗だ。

     こんなにも真っすぐ人を見つめ、その全てを映し咀嚼出来る人が、美しくない筈がない。

     見惚れるように惑う眼差しが彼女に吸い寄せられて留まる。きっと情けなく垂れた眉で見つめているのだろう、彼女の唇が苦笑に変わっていた。

     「いつかの日に、忘れないでいて」

     そっと、細い腕が持ち上げられた。ベッドの上で重ねられていた手のひらは、青く血管が透けて見える程、白い。随分日差しを浴びていないのだと、今更ながらに痛感する白さだった。

     その指先が真っすぐ自分に向かう。受け入れるように軽く傾げた頬を差し出しながら、小さく笑って問いかけた。

     「………なにを?」

     「ふふ……そうだね、でも平気かなー、虎徹くん泣き虫だから、今言ったら泣いちゃわない?」

     唐突な会話の先を見出そうと問いかけてみれば、くすくすと笑う彼女はさらりと伸ばした指先で頬を撫でた。柔らかい感触にくすぐったそうに眼差しを細めてみれば、いつだか彼女が猫のようだとからかった事を思い出す。

     それはそんなに昔の話ではない。それなのにどうも思い出しただけで鼻の奥がツンと痛むような感覚があり、慌ててしまう。これでは彼女のからかいの言葉を履行するようなものだと、拗ねたように下唇を突き出して睨みつけてみせた。

     「馬鹿にすんなっ、お前の言葉くらい、ちゃんと受け止めてやるっての!」

     それでもきっと感情に素直な自分の瞳は、水をたたえて揺れている事だろう。…………彼女の姿が、ぼやけてしまっているのだから、間違いない。

     「知ってるよ。でも、だからね、泣いちゃわないかなって思ったの」

     困ったように囁いて、頬を包んでいた手のひらが揺れるようにたわみ、柔らかく親指が眦を拭ってくれる。

     それだけでクリアになった視界の中、それでも日差しに透けるように彼女が微笑んでいて、また涙が溢れそうだった。

     ぼやけた視界の中、また彼女が笑った気配が咲いた。それを見つめていると、優しい指先が、今度は溢れるものを許すように前髪を梳き、また頬を撫でて包んでくれた。

     「あのね、虎徹くん、私は虎徹くんに、いつも笑っていて、なんて言わない」

     そうして囁く声が、綺麗に透き通って肌に響く。その言葉の意味を咀嚼しながら、ずっと鼻を啜った。……子供みたいだ。そう思っても、彼女の前で取り繕える筈がない。

     毛頭に、彼女の前では格好悪いところを出し尽くしてしまっているのだ。それでもひとつだって余さず、彼女は笑んで隣にいてくれた。喧嘩をしても、ごく稀に泣かせてしまうような事があっても、きちんと最後にはお互いの言葉に耳を傾け合って、また隣で笑い合ってきた。

     ずっとずっと、そうしていくと思っていた。そう決めていた。それなのに、どうして彼女は家にはいないで、こんな寂しい殺風景な白い部屋にいるのだろう。

     思えば、込み上げるものを必死に飲み下そうと、唇を引き結ぶ。

     「だって泣き虫だから、虎徹くん。絶対に泣くでしょ?」

     強がりさえ解っていると微笑む彼女は、部屋と同じく真っ白だ。けれどたったひとつ違うのは、彼女は透き通る程に日差しを浴びて輝いている事だった。

     「……解んねぇだろ、泣かねぇかもしれねぇぞ?」

     唇を尖らせて子供のように強がった。情けないところなんて見尽くしている。そう解っていても、格好をつけたいのは男としての矜持だ。

     そんな事すらお見通しと、彼女は包んでいた指先でからかうように鼻先を弾いてきた。僅かな痛みに、むくれるように肩を竦めて彼女を見上げれば、ふわりと、風のように柔らかに彼女が笑んだ。

     「そうだといいけどね。でも駄目かな?」

     惚けたように見上げた自分に、また彼女が困ったように眉を垂らして苦笑している。その頬を、綺麗な黒髪を、そっと日差しが染めている。

     綺麗だった。寂しくなるくらい、綺麗過ぎて。………そんな綺麗な人が自分の腕に留まってくれている事が、どこか奇跡に思えて、その終わりが脳裏を掠めた瞬間、我慢しきれなくなった水滴が頬に零れた。

     「ほら、もう、早速泣かないの!大丈夫、まだ先の話なんだから」

     茶化すように明るく、気遣われる筈の病人である彼女が自分の顔を覗き込み、その細く白い両手で弾くように軽やかに頬を包んでくれる。

     その綺麗な指先を自分の涙が濡らしていた。一度流してしまえば留まる術など持つ筈もなく、ボロボロと駄々を捏ねる子供のように勝手に涙は落ちていった。

     「うっせーや。そんな先の事、俺には解んねぇよ」

     「うん、だからね、もしもだよ。いつの日か、あなたの隣が楓だけになったらね」

     拗ねた自分の声を、母親の顔をした彼女が受け止めてくれる。

     頬を包む手のひらは、震えもしなかった。凛とした、女性だ。どんな時も悠然と、慌てふためく自分を見つめて微笑み、隣にいて諭してくれた。一緒になって騒いで大声で笑い合っていた筈なのに、女というものは命を宿すとこんなにも雄大な命を開花させるのかと、驚いたものだ。

     その自分が叶う筈もない微笑みが、そっと近付いた。

     「一杯泣いて嘆いて苦しんで、空っぽになっちゃうくらい、悲しんでいいよ」

     ………一瞬、口吻けられるかと思ったけれど、そんな筈もなく、彼女はそのまま静かに額を合わせて泣きじゃくる子供を抱き締めるように肩に腕を回してくれた。

     よく、楓にしていた仕草だ。思い、彼女にとっては自分もまだまだ手のかかる子供と同じかと苦笑してしまう。

     だから、きっと我慢するなというのだろう。飲み込んで溜め込んで苦しさを募らせる、そんな思いはさせないで育てたいのだと、優しく胎内の命に囁きかけていた姿によく似た仕草だった。

     「我慢なんかしないで、全部全部、その時に出し切って」

     思った通りに続いた言葉に、つい吹き出してしまう。ぼろ泣きのままに笑う自分は、きっと滑稽だ。滑稽だけれど、彼女は変わらずに笑んでいて、近過ぎる焦点でもそれは解った。

     だから、彼女と同じように彼女の肩に腕を回して、抱き締めた。怖がる子供のように縋るのではなく、彼女を守りたいのだと教えるように優しくしっかりと。

     「楓いるのに、情けねぇ父親だな、そりゃ」

     そうして呟けば、思いの外真剣な声が真っすぐに耳に落とされた。

     「お義母さんにお願いしておくよ。あなたはその時でもきっと、ヒーローだもの。ずっと楓の傍にはいられないでしょう?」

     言われた言葉に返す言葉が見つけられず、沈黙が落ちてしまう。

     ………彼女が、どちらを望んでいるのか、解らなかった。あんなにも愛おしそうに胎児に囁いていた彼女にとって、娘を疎かにするなど言語道断だろう。

     けれど同じように、苦しみ痛めつけられる罪なき人を見ぬ振りをする人ではないのだ。

     同じように正義を思い、助ける為に奮われる腕を夢見て、共に歩んでいた日々は、決して短くはなかった。

     「………………」

     困り果て、噛み締めていた唇を情けなく戦慄かせれば、そっと落とされた彼女の睫毛。

     そうして、静かな音色がそよぐように柔らかく耳元に吹きかけた。

     「だからね、そうやって一杯、心のままに全部、吐き出してね。それから」

     優しい声だった。愛おしい声だった。

     いつまでもずっと聞きたくて、細く薄い、華奢なその肩を抱き締めた。

     「空っぽになって、涙が出なくなったら」

     歌うように囁く声音はただ自分にだけ捧げられ、室内にすら響かない。

     細い腕も答えるように強く肩を抱いてくれた。………それでもか弱い力に、込み上げた嗚咽を飲み込んだ。

     それさえ、震えた背中の動き1つで気付いたのだろう。勘のいい彼女はそっとその手のひらで背中を撫で、甘やかすように肩に顔を埋めて包み込んでくれる。

     「ゆっくりでいいから、またその空っぽになった場所に、大事なもの、愛しいもの、1つずつ探して埋めていって」

     そっとそっと、羽のように柔らかく、その唇から零れる言の葉。

     答える言葉も見つけられる、途方に暮れたように頬をくすぐる彼女の黒髪に鼻先を埋めた。口吻けるように小さく、零れ落ちた彼女の名を綴る。

     「…友恵…………」

     「次の人、とは流石に言えないな。だって私だってまだまだ誰にも負けないくらい、虎徹くんの事大好きだしね」

     震える声に彼女は戯けて答え、ぎゅっとその腕を必死に強めた。強めて、それ以上こもらない指先が、いっそう白くなってもなお、痣すら作れないか弱さを、ほんの一瞬、寂しそうに見つめていた。

     けれどそれは本当に一瞬で、瞬きの後にはまたいつもと変わらぬ煌めきを乗せた眼差しがそこにはあった。

     「でも、遠慮だけはしないで。義理立てもよ。私は虎徹くんが選んだものを、きっと好きになるから。だから虎徹くんは、私の事を考えないで、空っぽのまんま、大切だと思ったものを、必ず拾って抱き締めて」

     「そんな事、考えられない」

     ゆるく首を振り、拒みたい言葉に、彼女の髪に指先を埋め込み、頬を押し付けた。強く、抱き締める。壊してしまわないように細心の注意を払いながら、それでも華奢な身体を腕の中、痛いだろう力で閉じ込めた。

     それを受け入れた優しい指先が、あやすように背中をポンポンと優しく叩く。………愛おしさに戦慄く唇から、零せない嗚咽が微かに揺れて落ちた。

     「今考えるのは駄目よ。当たり前でしょ。ずっとずっと先の、未来の話よ」

     「そんな日、来ないに決まってる」

     「うん、そう信じてる。明日も明後日も、来年も再来年も、あなた達と一緒に過ごしたいもの」

     抱き締めてくれる手のひらは、日に日に細く頼りなくなっていっていた。

     解っている。現実が見れない程、自分も馬鹿ではない。それでも最後の最後まで希望は捨てられなかった。

     ………捨てられるようなもの、腕の中に抱えられる筈がなかった。

     「でも、約束だよ、虎徹くん」

     「うん?」

     「もし、いつかの日があなたに来ちゃったら」

     それを知っている優しい彼女の声が、肩に沁みるように落ちた。

     吐息が、微かに震えて響く。肩が熱かった。きっと、彼女も隠して涙を落としている。

     それでも気丈な人は、気付かれる事も気遣われる事も拒んで、笑うその顔だけを残したいと健気に振る舞っていた。

     「一杯泣いて嘆いて悲しんで。溜めないで、押さえ込まないで、隠さないで」

     自分にはそんな事を言って、彼女はなかなか涙を見せてくれない。いつも泣き終わったその赤い眦だけ、教えてくれるのだ。

     それでもよかった。震える声が必死に綴る音は、それでも自分に向けられていて、泣くその時に離れろと拒まれた事はない。

     きっと意地っ張りな自分達の弱さは、こんな風に抱き締め合いながらその肩に埋めて隠す事で与え合って支え合えるのだ。

     そうして泣き腫らした瞳で顔を寄せ合って笑い、また手を繋いで歩き続けてきた。それは今だってきっと変わらない。

     そう教える強がりの声が、クスリと小さく笑って、楽しそうに肩に擦り寄って呟いた。

     「そうして一杯落としていった涙は全部、私が抱き締めて貰っていくよ。だって、それは全部、私への愛の言葉でしょ?」

     「……………こんな中年男の、汚ねぇ涙が?」

     もっとずっと綺麗でカッコいい、そんなものを貰ってほしいものだと、野暮と解っていてもつい、言ってしまう。好いた人にそんなみっともないものを大事に抱えられるのは、少々男として情けない気がした。

     が、そんな野暮と解っている言葉に、案の定彼女は拗ねたように眉を吊り上げて、可愛らしく膨らんだ頬を肩に埋めたまま睨みつけてきた。

     「あら、じゃああなたは、中年女の私の涙が汚いっていうの?」

     「…………失言でした、すみません」

     彼女はどんな時でも姿でも、やっぱり一番自分の心を満たし潤してくれるのだ。それはきっと、自分が情けないとか思ったものでも彼女が愛おしく思ってくれる、そんなところと共通しているのだろう。

     それなら仕方がないと諸手を上げて降参を言い渡せば、満足そうにしたり顔で彼女が肩に顔を埋めたまま頷いた。

     「よろしい!結局ね、きっと私はすご〜く我が侭で、欲張りなの」

     くすぐるように蠢く肩の上の彼女の仕草に、久しぶりのぬくもりに酔っていた。なら、にんまりと楽し気に笑った彼女が、脈絡の解らない宣言をして、思わず目を丸めてしまう。

     「へ?なによ唐突に??」

     素直な程の素っ頓狂な返事に、彼女が起き上がり、正面から見つめてきた。………ぬくもりが消えた肩が寒くて寂しいな、と。つい視線が揺れてそこを伺ってしまった。

     「あら、解らない?」

     「?」

     「私がいる限り、虎徹くんの全部は私と楓だけのものなの」

     くすくすと笑い、今度は両手を差し出し、肩に乗せられた。そのまま身体ごと近付いてきそうな彼女に、慌てて自分から近付き、片膝をベッドに乗り上げてしまった。

     間抜けな格好だ。今病室に入り込む人がいたら、きっと吹き出されるだろう。それでも無理な体勢をするなら、自分がしたかった。

     細くたおやかな彼女に、自分がいない間に沢山の痛みと苦しみを耐え抜いている彼女に、ひとつだって負担を増やしたくなかった。

     「それからね、そんな虎徹くんの全部を、私は居なくなる時に、空っぽになるくらい泣いた虎徹くんから、ぜ〜んぶ貰っていけちゃうの」

     そんな自分の心境は十分承知なのだろう。彼女は仕方なさそうに身体を元の位置に戻し、負担の少ない体勢で抱きついてきた。

     囁く声が、喜びに満ちている。それが解る事が、切なかった。

     「………………」

     「我が侭で贅沢で欲張りで。………物凄く、幸せ者でしょ?」

     遠くにいってしまう覚悟ももう、きっと彼女は決めて抱えてしまっているのだろう。努力は怠らない。治る為の治療も受け入れて。

     それでも、遺すであろう自分の為、少しでも多くの言葉を与えようとしてくれている。

     「…………………………っ、でも、俺は、…………一緒がいい……………」

     優しい人。愛しい人。たったひとり、恋して共に歩みたいと願った人。

     不格好な格好で、彼女の抱擁を受け止めて。そうして、また溢れた涙を噛み締めながら、薄っぺらな背中を掻き抱いた。………痛まないといいと、そう祈りながら、強く。

     「当たり前だよ、虎徹くん。でもね、きっと最後は我が侭言っちゃうかなって思うの」

     微かな呼気の薄さに、呼吸を圧迫している事を知る。慌てて力を緩めたなら、フルリと振られた視界にたたずむ彼女の長い黒髪で、もっととせがまれた事を知った。

     恐る恐る、力を込める。それに揺れた小さな肩が、苦笑している事を教えた。

     ………まるで生まれたばかりの楓を抱き締めた時のような仕草で、その時の煌めいた未来にいる今の自分の視界が、涙に埋もれている事を遣る瀬無く自覚する。

     「その時は、きっと謝れないから、先に謝っておくね」

     柔らかな声が、静かに響いた。ゆったりとした、途切れがちな声は、きっと呼吸が浅いせいだろう。それでも強くと乞われたまま、抱き締める力は緩めなかった。

     「………何する気だよ、これ以上」

     「ふふ、あのね、私はワイルドタイガーの一番のファンなの」

     そっと囁く声は、家で何度だって自分に囁いてくれた言葉だ。

     それを耳に染めながら、視界に落ちた真っ白な枕に浮かぶ彼女の細い身体の後に凹んだ影を眺めた。

     なんとなく、その言葉の先が解る気がして、躊躇いに視界が揺れてしまう。それでも、言葉を途切れさせようとは、思わなかった。

     願われている。望まれている。解っているから、彼女の思うまま、その音を綴らせた。

     「だから、いつでも、どんな時でも、ワイルドタイガーが呼ばれたなら、その現場に走っていってほしいって行っちゃうわ」

     「……………………と、もえ、それは………」

     「ごめんね、虎徹くん。もしそれが本当になったら、あなたは後悔するかもしれない。けど、私はそれでも行ってっていうよ」

     優しく髪を梳く細い指先。掠れた自分の声に、それでも彼女は毅然とその願いを綴った。

     決してたゆまない声だ。真っすぐに、己の望みを知り、それを願い実現する為に努力出来る人。もしも彼女がNEXTであったなら、どれ程素晴らしいヒーローになっただろうと、いつだって思っていた。

     「ごめんね、ワイルドタイガー。憧れのヒーローなのに、一番辛い役目まで背負わせちゃう」

     その声が綴る。寂しそうに悲しそうに。それでも凛と震える事なく、強がりではない真実の祈りだと知らしめる為に。

     同時に、どれ程それが自分を傷つけ悲しませるかも解っている彼女は、優しく頭を撫でながら、答えられない自分を慰め、その先の答えを導くように柔らかく音を繋げた。

     「でもお願い。沢山泣いて、悲しんで、ボロボロになっても」

     きっと、そうなるだろう。見なくても解る。想像するまでもない。

     彼女がいなくなれば、自分の世界の半分が壊れて消える。もう半分を担う娘は未だ幼く、支えと拠り所にするわけにはいかなかった。

     自分こそが、壊れた世界を娘に与えない為に支え拠り所とならなくてはいけないのだから、きっと、彼女の脳裏に映されているであろう姿の何倍も、酷い有様になる事だろう。

     それでも、と、彼女は囁いた。甘く優しい、大好きな声。

     「それは全部、私が貰って逝くから」

     壊れた世界も何もかも、全部。欠片も残さず全部。

     「空っぽになったらちゃんと、自分を満たす為に、大事なものを探してね」

     その言葉に、また涙が溢れた。遣る瀬無い。苦しい。辛い。それでも、生き続ける人間はそれを乗り越え進まなくてはいけない。

     解っている。知っている。それは当たり前の事だ。そうしなくてはいけない事だ。……後を、追っていい筈がない。解っている。幼い娘だっている。守るべきものは両手では抱えきれないくらいだ。

     だから、頷かなくてはいけない。でも、それは難しくて、幾度も幾度も唇は開閉させて、震える吐息で深呼吸を繰り返した。

     いつかは、失う日が来るだろう。それはどんな人間にも平等に訪れる可能性だ。解っている。解れ、と。強く自分に言い聞かせて、限りない強がりで、ようやっと頷いた身体は、小さく丸まるように彼女に縋って震えていた。

     「……………っ……………………………」

     「ありがとう、虎徹くん。この先何があっても、何を選んでも、私は虎徹くんの味方だよ」

     呼気すら苦しく霞ませて、震えて縋る大きな背中を、優しく彼女は抱き締めてくれた。重いだろうに、文句も言わず、何度も何度も背中を撫で、支えてくれた。

     幾度も幾度も、その腕に救われた。覚えている、忘れない。この先どんな出会いがあっても、忘れる筈がない。

     「胸を張って、自分が選んだものを誇って掲げて生きて」

     さわさわと風が吹きかける。柔らかな風だ。

     彼女の長い髪が揺れ、頬をくすぐり鼻先を掠めた。それに嗅ぎ慣れた家のシャンプーの香りはしない。…………シャンプーよりも、消毒液の香りが色濃くて、胸が詰まった。

     何か彼女に答えようと、口を開く。軽口でいい。道化のような、そんな言葉でいい。

     ここにこうしている君の事が何よりも大切で愛おしいと、教えられるように涙を飲み込んで、今その瞳に映る全てだけは、笑顔と喜びで満たしたかった。

     

     それなのに、映るのはぼやけて霞んだ君の残像。

     困ったように笑う君の声。泣き虫だね、とぬくもりが頬を撫でた。

     

     いつかでいいんだよ。すぐじゃないの。

     

     破ったっていいよ、あなたが一番選びたいものを選んでいい。

     

     それと同じなの。私も選びたいものがある。あなたが選ぶこの先の未来と同じようにね。

     

     だから、泣いて笑って怒って、また笑って。

     

     

     

     ………ただ、空っぽのままでだけは、いないで。

     それだけは、約束。お願いね………………

     

     

     

     

     ぼんやりと見えた景色を眺めて、細く息を落とした。

     視界に映ったのは見慣れた自宅の天井だ。が、ロフトからではない、ソファーから望める高い天井。

     のろのろと腕を持ち上げ、もう一度閉ざした目蓋の上を指先で擦った。

     ………確認するまでもなく、湿っている。フルリと睫毛を震わせて、虎徹は耳にまで筋道を作ったその軌跡を乱暴に拭った。

     暗くなった目蓋の裏側。それを染めるように朝日がカーテン越しに今日の天気を教えた。………これならばきっと晴天だろう。

     今日の予定を脳裏に描く。確か、今週提出の書類が数枚あった。バーナビーがいくつか注意点を教えてくれたから、きっと今日中に提出出来るだろう。素っ気ない振りをして、最近は随分と傍に寄って来る事も、名を呼んでくれる事も増えてきた。やっと縮まった大切な距離を今度こそ見誤らないように育まなくては。

     午後からはトレーニングルーム。多分他のヒーロー達も来る筈だ。

     ………それならばブルーローズの様子を見ておかないと。昨日の出動の時、確か左足を捻っていた。強がってなんでもない振りをしていたけれど、無理をしているようならば癖にならないように窘めないといけない。………きっと口煩いおじさんだと、またぼやかれて怒らせるだろう。

     それから、キッドと折紙がいたら、今度暇な日を聞かなくては。実家から送ってきた米が多過ぎて消費出来ないと言えば、食べ盛りの二人は喜ぶだろう。おにぎりなど、もしかしたら知らないかもしれない。…………折紙ならば知っているか。それならそれで喜びそうだ。

     アントニオには、また暇な時に飲みに行く約束をして、ああ、きっとファイヤーエンブレムも絡んでくるから、どこかいい店を聞こう。大人組で飲みにいくのも楽しいだろう。

     ………それなら、スカイハイにも声を掛けなくては。ジェイクの一件以降、どうも調子が乗らない彼は、何か悩んで見える。ことあるごとに誘ってみても、困ったような眉と振られる首が答えだ。

     それでも繰り返し、声を掛けなくては。どうもヒーロー達は自身が守る立場だからか、忘れがちだ。自分自身も迷うし傷付くし悩むのが当たり前だという事を。

     抱えていい事などそうある筈がない。が、分かち合えない事もある。

     だから、声を掛けよう。いくらでも何度でも、気が済むまで断り続けていいのだ。その間も、そのあとも、ちゃんと伸ばされる腕があると、気付いてくれればそれでいい。

     ヒーローは孤独であってはいけない。

     必ず、その腕の中、心の中、灯るぬくもりがある筈だ。思い、虎徹はそっと左手を持ち上げて、口元に落とした。

     寝起きの気怠さの中、ぬくもりを持つような薬指の指輪が唇に触れる。

     自分にとってそれがあるように、彼らの中にもブレる事なく聳(そび)えるものが育つといい。

     

     

     悩む事も悲しむ事も繰り返し続ければいい。

     惑い躊躇い踞り、そうして、一度全てを吐き出す程に空っぽになってみればいい。

     

     

     それでもきっと、気付くだろう。

     

     

     どれ程嘆き苦しみ悲しんで、流し続け枯れ果てたと思った涙も。

     もはや枯渇し浮かぶ事などないと、絶望する程に立ち尽くし消えた笑顔も。

     

     枯れる事はなく、失う事はなく。必ずまた、生まれるのだ。

     

     

     

     荒廃した地に、雨が降る。そうして潤い、種が運ばれる。

     日差しが現れ、芽が出て、花が咲く。

     

     それはきっと当たり前で、永遠に繰り返される命の循環。

     

     ………涙に塗(まみ)れ打ち沈んでも、必ず誰かの笑顔に救われる。

     

     

     そうして、日差しの下鮮やかな虹が浮かぶように、また毎日が始まるのだ。

     

     

     

     

     そんな当たり前を守る一日が、また今日も始まった。

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