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静かに月明かりが注がれていた。
見上げた空は、一面の闇色だ。その片隅に小さく白銀に彩る月が咲いている。
朝露に濡れた花弁は、こんな風なのだろうか。見た事もない朝日に花開く蕾を思うも、目にした事もない光景はどこか空々しい空虚さを醸していた。
それらの鮮やかさを記憶に、残すだけなら可能だ。昼間とてこの身体は活動しているのだから。
ただ、それは自分ではないだけだ。
思い、空を見やるように身体を反らせた。見上げた闇の中の唯一の光源を追う。その動きに、傍らから小さな抗議の呻きがこぼされた。
それによって思い出した。背中越しに話していた筈の相手。
月に寄り添いやって来る愚かな鳥は、幼子のように身体を丸め座ったまま眠っていた。
静かになったと思えば眠っていたらしい。どうせなら己の家で布団にくるまれて眠れば、疲れとてとれるであろうに。
小さく呆れた吐息を落とし、少年は再び月を見上げた。
………まっさらな月明かりは何も語りはしない。
解っていながら、それでも少年は睨むように見詰めていた。
闇色の空の下、闇色の衣を纏い、青白い魂達と共に生きるだけの日々。
唯一の例外は、月の昇る日に訪れる隣国の鳥だ。
自分と同じ薄命の、未来を見やる猶予のない、鳥。
寂しがるように傍らに留まり、囀ずりながらぬくもりを分かち合う。
………それを不毛と思う意味すらない程、膿んだ闇の中の世界。
「……デッ…ドォ………?」
握り締めた白い拳が赤い月に彩られる直前、不意に眠る舌ったらずな鳥の声が響いた。
一瞬強張りかけた身体を無理矢理弛緩させ、少年はいつも通りの冷たく冴えた声を紡ぐ。
「……起きたならいい加減退きませんか………」
人の背中に寄りかかったままの鳥は、甘えるように人の肩に頬を寄せた。
そこまで許してやる謂れはないと、少年は忌避するように片手で振り払った。
………その手すら取り、青年は包むように口づけた。
甘える子犬じみた仕草は、きっと寝ぼけているからだ。忌々しいあたたかさが、冷えた身体にぬくもりを教えた。
「寝惚けないで………」
「ここに、いる、から。ちゃんと…………」
拒もうと入れた腕の力が、凍る。
小さく囁く微睡みの声が、自分の声に聞こえた事が何よりも業腹だった。
こんな迷い込んだだけの鳥に情を移す、など。
有り得ないと呟きながら、肩にすがる頬を見下ろした。
太陽の下を駆けるものらしい、よく焼けた肌の色。こんな忌まわしいほど青白い自分とは雲泥の差だ。
きっと彼は明かりの下で手を取り合う誰かを見つけられる。
思い、感傷的な自分に笑うように月を見上げた。
白銀は変わらずそこにたたずみ、ただ明かりを灯していた。
太陽のような人とまだ出会う前。
膿んだ闇の中、この鳥と共に過ごした時間もまた、
この身を生かすために必要だったのだと。
………日差しの下、ほの思う。
遠い過去の記憶。